世界の終わり #7-1 グロウ アップ
晴天。
ホント、いい天気だ。
九州から強制退去させられて二週間がすぎた。
はじめの数日間は、時間の感覚を失ってしまうほど広域捜査官の人たちにあれこれ訊かれたけど、ここ最近は自由に行動させてもらっている。あたりまえのことが、あたりまえのようにできるってのは本当に素晴らしい。
二週間は長いようで短い。
その間に、ぼくの周辺は一変した。
九州をでた直後に藤枝店長と電話で話をしたけど、いつも怒鳴り返すのがお決まりなのに、その日に限って、店長は、神妙にぼくの話を聞いてくれた。『ぼくらは柏樹さんっていうカメラマンの人のアシスタントとして九州入りしたことになっているので、店長に迷惑はかかりません』って説明したんだけど、数日経ってショップへ顔をだしてみたら、店の前には〈一身上の都合により云々〉の文言が書かれた貼り紙がされていた。
同僚に訊いてみたところ、店長は、ぼくと電話で話した翌日から行方不明になっているらしい。
なんとも素早い対応だ。不法上陸をはじめとする犯罪行為の発覚を怖れて姿を眩ましたようである。
そんなわけでぼくは現在無職の身。自由は自由でも、不安を募らせる縛りのない自由ってやつはあんまり身体によくない。
住居に関しても不安は多々あって、さすがに藤枝店長が用意してくれた部屋に居座るのはどうかと思ったので、引っ越しの準備を進めている最中だ。
僅かではあるが、蓄えがあったのは救いだった。
数々の窮地からぼくを救ってくれた板野は、驚いたことに柏樹さんの撮影スタジオで働きはじめたそうだ。
九州へ向かう前に身の回りを整理していたそうなので、決断から実行まで凄まじく早かった。
事件後しばらくはショックで口も利けない状態だったのに、別れ際は明るい表情をみせていたし、意外に早く立ち直れたのかなってちょっとだけ思ってしまったけど、そんなことはなくて、多分、きっと、相当無理をしているんじゃないかなって思う。
板野がどういった理由で九州上陸のメンバーに含まれていたのか、どうしてホテル跡地を目指したのかは柏樹さんから聞いたので、ある程度知っている。
いまさらながらに思いだしたが、松坂が板野らしき女性と、閉店後一緒に帰宅して行く姿を見たことがあった。
正直、あのふたりがお似あいであるとはいい難いものがあるけど。
ところで、事件後、ぼくはSUVの車内に置かれていた荒木の上着を羽織って行動していたので、ポケットに残されていた〝板野のものと思われるブレスレット〟を所持しているのだが——板野に渡すべきかどうか迷っている。
手渡されても困るだけだろうから、勝手に処分してもいいように思うのだが、なかなか決断をくだせない。
なので、いまも上着のポケットに入れたままだ。
こういうのって焦らずとも〝そのとき〟がやってくるような気もするし。
それにしても、ぼくらがすんなり九州からでられたのは意外だった。
上陸するには面倒な手続きが必要なのに、でるときは感染しているかどうかのメディカルチェックに時間がかかっただけで、映画〈ノーカントリー〉の国境を越えるシーンみたいに、すんなり通された。
一応、書類関連のチェックは行われるようだけど、『紛失してしまった』と柏樹さんがいったらあっさりと信用してもらえたし、同行していた二宮捜査官は終始ぼくらを庇うような態度をみせてくれていた。このふたりの力があったからこそ、簡単なチェックで済んだのかもしれないが、もしかするとホテル跡地で悪事を働いていた連中の捜査が落ち着いたころに呼びだされて、改めて詳しく調べられるのかもしれない。
ぼくはどこまで隠し通せるだろう。
自信がないわけではないけれども、荒木のことを訊かれたらなんでも正直に話してしまいそうだ。
荒木に関しては、いろいろと知人に訊いて回って、情報を収集した。
同じ職場で働いていたとはいえ、九州に上陸するまでは顔を見たことがある程度の間柄だったので、難航しそうだな——って思っていたけど、元同僚が荒木のことを詳しく知っていたので助かった。
聞けば、そいつは月に一回の割合で、荒木と居酒屋なんかへ飲みに行っていたそうだ。ぼくも誘ってくれればよかったのに。
藤枝店長からはボロクソにいわれていた荒木だが、傍目にふたりは仲良く映っていたようである。
なんだかんだで信頼もされていたらしく、荒木がフィギュア収集を任されていたことからして、『なるほど』と頷けなくもない。
元同僚の話によると、はじめは専門店や問屋を回っていたフィギュア収集がコレクターの家を巡るコースへ変更になったのは、荒木の提案が切っ掛けであったらしい。
荒木は、顧客名簿はもちろんのこと、ネットで集めた情報なども活用して独自のリストを作成し、藤枝店長に計画をもちかけて了承を得たとのことだった。
ぼくらが回った九州のコレクターの家は、どこもなかなかの品揃えだったので、荒木の情報収集能力は優れていたといえるだろう。
ただし、今回の回収分は九州内のとある場所に置いてきてしまったので、ハイリスク・ノーリターンという悲しい結果に終わってしまったけど。