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世界の終わり #2-4 ギフト


          *

 陽が西に傾きはじめたころ、三枝という名の女性メンバーが、羽鳥の到着は明日に変更になったと告げた。〈TABLE〉メンバーの多くは食堂でこの報告を聞いた。ダストボックスの前でカップ麺の容器を捨てようとしていた掛橋は、動揺しているメンバーへ向けて口を開く。
「早くても明日の午後以降の到着になりそうですね。ですが、みなさん、心配ありませんよ。明日は、間違いなく、羽鳥さんと話ができます。さては、上陸を計った不法入国者と軍とが門司港辺りでやりあって、道路が封鎖されたかな?」
「そうかもしれません。このところ日本海側の警備は一層厳しくなったと聞きますし、銃撃戦になることも珍しくないようですから」答えたのは三枝だった。
「銃撃戦ですか……国民の多くは九州から少しでも離れたいと考えているのに。明日到着となると、正門前にいる彼にも、このことを伝えなきゃいけませんね」
「西条さん、でしたっけ? 金髪の彼」
「えぇ。陽が落ちる前に教えてきますよ」
 ダストボックスへ容器を押しこんだところへ、
「待てよ、掛橋さん」後方から名を呼ばれて振り返り、不機嫌な顔をした山岡と近距離で向きあうかたちとなる。「表にいる金髪野郎に伝えに行くんスか」
「そうだよ」
 掛橋が答えると、山岡は鼻を鳴らして、左頬を引き攣らせた。
「放っておけばいいんスよ、あんなやつ。どのみち日が暮れたら〝移動禁止〟なんだから、今日の到着はないとバカでもわかりますって。まぁ、その前に退散するでしょうけど」
「そうかもしれないが、ひとこと伝えに行くべきだろう?」
「耳を傾ける気のないやつに、ですか」
 掛橋は口を尖らせて顳かみを掻いた。山岡のいうとおりかもしれない——そう考えてしまって、返答につまる。〈TABLE〉メンバーの発する言葉を信用していないが故に、〈九州復興フロンティア〉の西条は正門前で見張っているのだ。
「……しかし、朝からずっと待っているんだぞ?」
「やつらが勝手にやっていることっスよ」
「たしかにそうだが、もうじき陽が沈む。安全面から考えても、放っておくわけにはいかないだろう。彼の身になにかあったらどうするんだ」
「どうするって……そんなのおれらの知ることかよ。グールに襲われたら、襲われたで、そいつの責任だろうに。あ――いや、待てよ。正門前でグール化してくれるんなら、捕獲にかかる手間が省けて逆にいいか」
「山岡くん」眉間にしわを寄せて、掛橋は距離を縮める。
 掛橋の声と表情に怒りが含まれていることを嗅ぎ取った山岡は、半歩身を退き、戯けて肩を竦めてみせた。
「冗談ですって。グールが増えることなんておれも望んじゃいませんって。いけねぇ、もうこんな時間か。掛橋さん、おれ、今夜のグール当番なんスよね。配膳当番。檻を回るついでに、正門前の金髪野郎へ伝えておきますよ。羽鳥さんの到着は明日になったって。まぁ、それでやつがどう判断してどう行動するかは、おれの知るところじゃないっスけど」山岡は手に持ったマグカップを顔の横までもちあげて微笑み、中身を一気に飲み干した。「じゃあ、そういうことで。そうだ、掛橋さんお気に入りの、あのグール。ルルカちゃんでしたっけ? ルルカちゃんにもメッセージあるんなら伝えておきますよ。えぇっと……奥さんと一緒に家をでていった娘さんに似ているんでしたよねぇ、たしか」
「ちょ、ちょっと! 掛橋さんに対して失礼でしょ!」ここで会話に割って入り、声を荒げたのは三枝だった。「ごめんなさい、掛橋さん。ほら、山岡くん、食事が済んだのなら早く行きなさいッ。早くッ」
「――あぁ」
 顔を顰めつつ、山岡は掛橋の身体を掠めるようにして横をとおりすぎる。
 出入り口の扉の前に立っていた〈TABLE〉メンバー数名が顔をそらして、わきへと移動し、おのずとできあがった扉までの動線を山岡は足早に進む。
 扉の向こう側へ姿を消す直前に、山岡は一度振り返って掛橋を見たが、不機嫌な表情を維持したまま、なにも言葉は発しなかった。
「ごめんなさい……このところ山岡くん、誰に対してもあんな調子なの。何度も注意しているんだけど――」
「いえ、いいんです」
 首を振り、掛橋は取り繕いの笑みを浮かべてみせた。事実、掛橋は家をでていった家族とグールの少女とを重ねあわせて見ていたので、なぜ山岡がそのことを知っているのか疑問を抱いたが、ルルカのいる檻の前でいつもひとりごとを口にしていたことを思いだすなり、疑念は氷解した。

 ――聞かれていたのか、山岡に。

 掛橋は檻の前で懺悔と告白を口にし、グールへ語りかけることを日課としていた。誰にも聞かれていないとの思いこみから、他聞を憚るようなことまで口にしていたのだ。
 掛橋は再び食堂の椅子へと腰をおろした。
 彼の左手の薬指には、擦り傷だらけの指輪が嵌められている。

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