世界の終わり #5-7 グール
*
息が苦しい。
もう走れない。
だけど容赦なく、白石くんはわたしの手を引く。
もう走れない。
走れないのに――
*
かわいた音が鳴り響いた。
銃声だ。銃をもった男たちがわたしを狙っている。
走らなきゃ。
走って逃げなきゃ。
でも、どこに? どこまで? いつまで?
手が痛い。
もう、いい。
引っ張らなくてもいい。
平気。
走れる。
自分で走れるから、
お願い。放して。
でも、手は離さないで。
*
目を閉じる。
目を閉じて、息を潜めて、
音を立てないように呼吸しながら、
わたしが見たものを、体験したことを、
ひとつひとつ思い返す。
思い返さなきゃ。整理しなくちゃ。
頭の中を整理するんだ。
わたしはなにを見たのか。
なにを経験したのか。
なにが、一体、どうなったのか。
「大丈夫。大丈夫だから」
——と、白石くん。
目を閉じたまま、
胎児のように身体を縮こまらせて、
暗がりの中に身体を溶けこませて、
わたしはひとつひとつ、思い返す。
ここはどういう場所なんだろう。
九州が封鎖されたあとに、敷地の整備を行っていたのはどういった人たちなんだろう。
——涼、
ここに涼がいたって聞いた。
この場所で涼と会ったという話を聞いた。
それなのに敷地内は無人の廃墟だ。
人の気配すらない。
——いいや、
そうじゃない。思いだす。思い返す。プレハブ小屋の中には、一体のグールが潜んでいた。グールがいることに気づかなかった日並沢さんは襲われて、首を噛まれて、感染させられてしまった。喉を押さえ、それでも指の間から流れでてしまう大量の血液を地面にこぼしながら、日並沢さんはいまもあの場所に倒れているに違いない。
小屋に潜んでいたグールを倒したのは、丹田さんだ。丹田さんはわたしのもっていたスタンガンを使ってグールを倒してくれた。グールにもスタンガンは効くらしい。これは好ましい発見。わたしが手にしている武器で、グールを倒せるということはわかった。丹田さんが教えてくれた。だけど丹田さんは殺されてしまった。トラックに乗ってやってきた五人の男たちに、銃で撃たれて死んでしまった。
あの男たちは何者だろう。
プレハブ小屋の中に置かれていた沢山の拳銃と関係があるのだろうか。このホテルは連中の隠れ家? わたしたちは勝手に入ったから、秘密を知ったから、狙って撃たれたのだろうか。だから追われているの? 白石くんに手を引かれて逃げなかったら、どうなっていたかわからない。考えると奥歯がカチカチ鳴りはじめる。手も、足も。身体中が震えだす。音を立てないように。身体の震えで気づかれないように。だけど駄目だった。どうしても身体が震えた。
「大丈夫。大丈夫だから」
——と、白石くん。
肩先を摩(さす)られている。
「…………」
普通、こういうときは、肩を摩るんじゃなくて抱くものだと思うけど、贅沢はいわない。
「板野さん——大丈夫だからね」
白石くんの手も震えていたから。