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ニッポンてところは なかなかステキ (3)


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「よく見れば可愛い顔をしているでしょう? 目なんかクリクリしていて愛嬌あるじゃないですか。怪獣を怖がる必要はないんですよ。巨大で獰猛で街を破壊する迷惑な存在ではありますが、崇め奉っている者たちが大勢います。まぁ、ローナンさんにとっては、忌々しい存在でしかないでしょうけれども。県や市の職員に相談しても、はぐらかすばかりで相手にしてくれなかったでしょう? 死体処理には金がかかるし、補助金もたいしてもらえないから地方公共団体は関わりを避けたいんですよ。たいていは我々のような民間の業者に話をふり、処理許可を与えてそれで終わりです」
 我が家のリビングでジェスチャーを交えつつ語るカニバル・チャウ氏は饒舌だった。
 わたしは聞き役に徹して、時折、相槌を挟むのみ。チャウ氏がいうには、怪獣はお金になるらしくて、皮膚も肉も骨も排泄物でさえも欲しがって大金をだす者が大勢いるらしい。表皮や骨の粉末は、一〇〇グラム、壱万円。排泄物は肥料として人気が高いとのこと。だからチャウ氏が我が家を訪れたのは、敷地内での死体解体作業の許可と引き渡しに関する料金的な交渉であろう――と思ったのだが、話はそう簡単ではなかった。横たわっている怪獣が宇宙から飛来した生物であり、身体の組織細胞が硬く特殊な物質なので死体処理には様々な問題が付随するそうである。
「パッと見でもわかるとおり、怪獣の皮膚に傷をつけることすら簡単にはいかないでしょう。ですので、名乗りをあげる業者が今日まででてこなかったんですよ。充分な機器を揃えている解体屋はそういませんからね。ですが、うちならやれます。やれますが、相手は未知の宇宙生物ですので――思いがけないトラブルにみまわれることも視野に入れておいてほしいのです」
 要は訴訟問題に発展するような事態を避けたくて、先手をうってきているのだろう。そう推測して質問してみると、チャウ氏は眉尻をさげつつ首を縦に振った。正直な人だ。
 ここからどう話を進めるのか気になるところではあるが、わたしの返答はすでに決まっている。イエスだ。怪獣をガレージの上から除けてくれるのであれば、どのような手法であっても了承する。敷地内になにをもちこみ、なにをしようとも構わない。その旨をチャウ氏に伝えると、嬉しそうに顔を綻ばせて右手を差しだしてきた。今度は気圧されずに応じて握手を交わす。ただし解体作業に時間がかかりすぎては困る。その間、バラされていく怪獣と一緒にすごさなければならないというのも悩ましい。
 了承後は、リビングに置かれたテーブルを挟んで向かいあい、一時間ほど解体に関する細やかな説明を受けた。当然、わたしひとりの判断で決められない事柄が多々あったので、父に電話して尋ねると、わたしにすべて任せるといってくれた。家を壊さぬよう細心の注意を払ってもらえるなら構わないからとしつこく繰り返しはしたけれども。
 かくして怪獣の死体解体・運搬が正式に決定し、明日から作業に入ることとなった。どのくらい時間を要するかは、はじめてみないことにはわからないが、トラブルさえ起こらなければ一週間ほどで作業を終えられるだろうとチャウ氏はいった。あてにはしないけれども、期待はしておく。その間、わたしは家をでてホテル住まいをしようと思っている。解体されていく怪獣の姿を目にしたくはないからだ。思い切って街を離れて、ニッポン各地の名所巡りをしてみるのもいいかもしれない。
 わたしの思い描いていたニッポンに触れたい。
 クールで可愛らしい、不思議の国ニッポンに。


〈つづく〉

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