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世界の終わり #4-4 メタフィクション


「待て、まだ話は途中だ」多数決で纏(まと)まりかけた話を振りだしに戻すべく、体躯のいい青年が声を荒げた。「悪くない提案だが、その案をもちかけている背景には、なにかしらの企みがあるんだろう? 広域捜査官とやらを騙して、助けてもらったのに悪いが、おれたちは最近、親切ぶった悪人に騙されて酷い目にあったばかりでね。簡単に他人を信用するわけにはいかないんだよ」
「企みといっていいものかどうかはわからないが……そう、だな。あぁ。あるよ。あるといっておこう。だが、きみに信じてもらえるかどうかわからない――荒唐無稽な話ではある」
「荒唐無稽?」
 首を傾げる青年へと、柏樹は意味深な微笑みを返した。
「きみは探偵小説を読む口かい? 行く先々で、なぜか事件と遭遇してしまう、シリーズものの探偵小説の類いを」
「……は? なにいってんだ」
「僕らが今日、こうして出会ったのは単なる偶然だろうか。きみらの乗った車が故障し、そこへ僕が通りかかった。僕がいなければきみらは広域捜査官に捕まっていただろう。広域捜査官を欺(あざむ)くことができたことによって――」そこまで話したところで柏樹は身を退き、左手の人差し指を立てて遠くを見つめた。「どうやらまた邪魔者の登場のようだ」
 立てられた指が、片側二車線の道路の先を指差す。
 指し示された先――柏樹らが立ち話している場所から二百メートルほど離れた路上に、グール化した人間と思しきシルエットが複数確認できた。
「え? や、やばい、グールですよ、あれ、絶対グールですって。こっちに向かって歩いてきてますよッ」色白の青年が声を発し、
「――っくしょう!」体躯のいい青年は悪態をつき、棒状のスタンガンを強く握り締める。
 ひとり、柏樹だけが冷静さを保っていた。
「大丈夫。連中の移動速度を考えれば、焦る必要はない。それよりも、どうする? 僕の提案をのむか、のまないか。きみのもっているスタンガンが、グールに通用するとは限らないぞ。さらにいえば、相手は複数だ」
「わかってる。だがな――」体躯のいい青年は顳かみを掻きながらワゴン車の中へ目を向けた。
 視線を追って、柏樹も車内へ目を向ける。
 山積みとなったダンボールが目にとまった。
「きみらが車に積んでいる、この荷物はなんだ」
「フィギュアだよ」
「フィギュア?」
「レアもののフィギュアだ」
「……? よくわからないが、いまならこの荷物を積み替える時間的余裕はあるだろう。話の続きは、車中でもできる」
「あぁ、それは、そう、だが。だけど――」
「なにいってるのよ、もうッ! 逃げるのッ、逃げるに決まってるでしょッ!」ここで髪の長い少女が絶叫するように会話へ割って入り、大げさな動作で訴えた。「こんなところで話してる場合じゃないでしょ! 行くのよ、その本部とかいう場所にッ。もぅ、嫌ッ、限界! 大事な荷物なら早く運びだして積み替えなさいよ、早く、いいから早くッ!」
「な――」
「いいから全部積み替えてッ!」

 ワゴン車から、SUVへ。
 すべてのダンボールを移動し終えたとき、道の先にいるグールとの距離は半分ほどに縮まっていた。

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