世界の終わり #4-5 メタフィクション
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「――と、いった風に普通は考えがちですが、分母次第では希少価値がつく場合もありまして、ケースバイケースなんですよね」
SUVの助手席に座った色白の青年は、柏樹へと向けて、荷台に積んだフィギュアに関する蘊蓄(うんちく)を饒舌に語っていた。
五人を乗せた車は二〇九号線を北上して、福岡市内にある市民団体〈TABLE〉の本部を目指している。
前列には柏樹と色白の青年が乗り、後部座席には体躯のいい青年と髪の長い少女。最後部の荷台に積まれたダンボールの山に埋もれるようにして、天王寺が呻き声をあげながら横たわっている。
先ほどまでの緊張感から解放されたせいもあってか、色白の青年は満面に笑みをたたえていた。
「ポピュラーなものでいえば、ウルトラ怪獣のソフビですね。ただし、よくあるんですよ、足の裏にマジックで子供の名前が書いてあるものとか」
「ははは。それはたしかに困りものだな。そういえば僕の家にも、怪獣の人形が何体かあったよ。名前までは憶えていないけど、頭の両端が尖っていて、恐竜みたいなヤツとか」
「ゴモラでしょうか。こんな感じではありませんでした?」
「あぁ、そうだね、そんな感じだ。おっと、気をつけて。道が荒れているから、この先しばらく揺れるよ。そういえば、ウルトラマンセブンのソフビも家にあった気がするなぁ」
「あ……違うんですよ、それ。間違える人が多いんですけど、ウルトラマンセブンじゃなくって、ウルトラセブン、です。正しくは」
「ねぇねぇ、ちょっと。フィギュアの話はもういいからさ」後部座席から身を乗りだした髪の長い少女が両者の会話を遮り、柏樹の肩を軽く叩く。「いまから行く市民団体の本部ってところ、お湯も使えるの? 本州と同じように水道、電気、ガス、使い放題?」
アクセルを緩めて減速し、バックミラーを覗きこんだ柏樹は、若干高めのキーで質問に答える。
「ある程度は自由に使えるんじゃないかな。井戸水を使用しているから、制限はなかったように思うし。それに、お湯は使えたよ。シャワールームもあったね」
「ホント? ホントに?」
「三ヶ月前の情報だが、いまも変わらず自由に使えると思うよ。故障したとしても、あそこには腕のいい技術者が揃っているからすぐに修理しているだろう」
「うわぁ。よかったぁあ。そうだ、洗濯っ、洗濯させてもらおッ」
「なァ、待て。待てよ、なんだこの緊張感のなさは」雑談に花を咲かせている仲間たちの態度に呆れ、体躯のいい青年が不機嫌な声をあげて、運転席のシートを小突く。
柏樹は再びバックミラーを覗きこみ、今度は低めのキーで体躯のいい青年へ言葉をかける。同時に、助手席に乗った色白の青年が身体を捻って後部座席に顔を向けた。
「車内で説明するといっていたのに、違う話で盛りあがってしまって悪かったね。話題を逸らそうとか、話を誤摩化そうなんて考えていたわけではなく、どこからどのように説明すればいいのか判断に迷ってしまって――そうだ、話をする前に、僕のことについて簡単に話しておこう。名前は柏樹雅治。歳は三四(さんじゅうよん)。職業については、きみらにアシスタントのフリをして貰う際に説明したから、省略させてもらっても構わないかな」
「カメラマン、さん、なんですよね」色白の青年が、確認の意味を含めて言葉を挟んだ。「廃墟の写真を撮っているカメラマンさん。あ……ぼくらもまだきちんと自己紹介していませんでしたね。すみません、白石です。白石紬(つむぎ)といいます。で、うしろに座っている彼が、荒木」
荒木と呼ばれた体躯のいい青年は、バックミラーへ目を向けた。
柏樹と目があう。
「よろしく、荒木くん」
挨拶された荒木は黙殺するように視線をそらした。
代わって髪の長い少女がミラーの中へ顔を入れてくる。
「板野です。ねぇ、柏樹さんって芸能人に似ているってよくいわれません?」
「――いや、特には。きみは、板野さん、ね」
「うん、板野茉莉絵(まりえ)。誰かに似てるってずうぅっと思ってるんだけど、名前でてこなくてさ。誰だろ。喉のこの辺まででかかってるのに、でてこないんだよね」
「白石紬くんに、荒木くんに、板野茉莉絵さん、か。きみたちは、三人で九州に入ったのかい? 無人の家からフィギュアを集めて回るというのはなかなか興味深い思いつきだが、きみたちだけの力で九州に入れたとは――いや、きみらではなくて、僕の話だったな。悪いね、話を戻そう」
咳払いをして二呼吸ほど間を置いたのちに、柏樹は続きを語りだす。
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