好きなことをしている人が好きだと思っていた/彼・彼女へ
僕が彼女に出会ったのは、もうそろそろ1年前になる。
彼女はバーチャルYouTuberだった。当時の僕は何となく視界に入っていたVtuberの流行りを、面白そうだし追ってみようかな、と思っていた時だった。TwitterでVtuberのフォローを漁って別のVtuberを見つけたり、ニコニコ動画の切り抜きを漁ったりなんかしてた時に、偶然見つけたんだと思う。
配信を見た。彼女ともう1人のコラボで、PUBGをしていた。今思えばあれは「てぇてぇ」配信だった。2人の漫才のような、息のあった掛け合いに頬を緩ませた。嘘。頬が引き攣った。不自然に口角が上がった。オタクスマイル。2828。
笑い方が面白かった。変な笑い方だった。あまりに特徴的だったので、一瞬で覚えてしまった。
どの地域のものかわからなかったけど、独特の訛りがあった。これも特徴的だった。
Twitterを見た。インターネットも出来るんだな、と思った。フォローした。面白いツイートもしていた気がするが、よく覚えてないし、今確認する術もない。
サブ垢があった。見た。そこには弱い言葉があった。僕は、「人間だな」と思った。当時はまだバーチャルYouTuber、キズナアイ、こういったイメージが強かったから、その界隈に人間がいたのに驚いた。親近感も湧いた。
僕はサブ垢もフォローした。
彼女はツイキャスもやった。プライベート配信だった。「ツイキャスでファンを増やすつもりは無い」と彼女は言った。合言葉は公開されているのか、とリプライで尋ねたら、「配信をよく見てる人なら分かるもの」と言われたので、心当たりのある単語をいくつか入れようとしたとき、彼女は親切にもDMで教えてくれた。心当たりのある単語のひとつだった。
ツイキャスでは、彼女は昔のことも話してくれた。他で配信をやっていたこと、地声はウケが悪かったこと、など。歌も歌っていた。歌う時だけ地声になって、声が低くなるのが楽しかった。
彼女は人間だった。まだ界隈に来て浅かった僕からすれば、彼女はバーチャルYouTuberじゃなかった。サブ垢で弱音も吐けば、ツイキャスで過去の話もしたし、本垢のフォロワーが5454人を達成すれば「逆から読めば...」とか言っていた。覚えてる。僕はスケベなので。
彼女は好きなことをやっていたように見えた。それはとても輝かしいものだった。人間は楽しいことをしているのが一番だから、僕もそういう人が好きなんだ。
僕は彼女が好きだった。
もちろん別に恋なんかじゃない。画面を介した、イラストレーションを通した存在に恋なんかしない。ぼくが恋をするのはいつだって、席が3つくらい離れたところにいる活発でかわいいクラスメイトの女子だったし。
彼女の配信はなるべくみた。オープンキャンパスに行くため1人で金沢のホテルに泊まっていた時も、配信が始まるとすぐに聞きに行った。
僕が喋っていると、彼女の訛りが移ってることがあった。だいぶ、アレである。相当ハマっていたのだと思う。モンスターのような笑い方はさすがに移らなかった。
僕は天使を名乗る彼女が好きだった。自由に好きなことをしている彼女という人間が好きだった。天使というキャラなのに人間みたいに弱音を吐くところが人間らしくて好きだった。天使というキャラなのにモンスターみたいな笑い方をするのが好きだった。
好きなことをしている彼女を、いつまでも、見ていようと思った。
ある日、彼女は宣言した。
セリフで書きたいがよく覚えてない。
内容は、「憧れの存在にになるために、天使になるために、弱音を吐かなくなるし、サブ垢も消す」というものだったはずだ。
彼女はやりたいことをするために、好きなことをするために、なりたい存在になるために、天使になるために、弱音を吐かなくなった。過去のことも話さなくなった。彼女は次第に元気に、バーチャルYouTuberらしくなっていった。
僕は、彼女が見えなくなった、と思った。弱音を吐かないのは人間ではないように感じた。人間としての過去は話されなくなった。彼女は天使になった。
僕は、彼女の弱いところに勝手に人間を見出して、バーチャルYouTuberとしての彼女を見ていなかった。好きなことをしている人が好きなんじゃなかった。「僕が好きなこと」をしている人が好きなだけだった。
僕は彼女に追いつけなくなった。彼女はバーチャルYouTuber、僕は人間だ。
なんて、傲慢なんだ。彼女はもともとバーチャルYouTuberだ。それにより近づいただけだ。彼女は好きなことをしているのだ。僕があり方を強要するなんてありえないから、もちろんしなかった。
今思い出した。
僕はその時リプライで「どんなあなたでもずっと応援しています」と言った気がする。
名前が少し変わった。
チャンネル名も変わった。
それでも、いつか僕も追いついて、彼女を見れるようになるだろうと思っていた。
いつか観よう。いつか観よう。いつか観よう。
彼女はより人気になって、フォロワーがとても増えた。
僕はフォローを外した。
チャンネル登録を整理した時、彼女のチャンネル登録も外した。もう観ないのだから。
こんなことをしてしまって、僕はもう戻れないな。
これは、傲慢で身勝手な僕が、天使のバーチャルYouTuberを好きになり、数ヶ月で追うのを辞めてしまった話である。
彼女を見なくなってから、もう、10ヶ月は経ったのだろうか。
何かの拍子に僕は彼女を見かけた。TwitterでVtuberのフォローを漁って別のVtuberを見つけたり、ニコニコ動画の切り抜きを漁ったりなんかしてた時に、偶然見つけたんだと思う。
美しい笑い方も出来るようになっていった。ちょっとモンスターみたいな笑い方が残ってた。
声はより自然になっていった気がする。確信できない。あんなに好きだったのに、もう昔の声なんて覚えてないや。
歌声はもう低くはなかった。
2Dモデルも変わった。
フォロワーは予想より増えてなかった。YouTubeの再生数も、低くはないが、僕の予想より高くはなかった。
ちなみに僕はTwitterのアカウントを変えていた。昔彼女を追っていた痕跡はない。彼女に送ったリプライもこのアカウントにはない。
あの時僕は「ずっと応援しています」と言った気がする。錯覚かもしれない。どうでもいい。僕はその自分自身への約束を忘れていたのだ。
僕はもうあの名前で彼女を応援することは一生出来ない。
ずっと応援していたい。
今更約束を守りたいとかそういうのではない。既に破ってるし、そもそも約束じゃないし。
好きなことをしている人を。たとえそれが僕の好みじゃなくても。人間じゃなくても。応援していたい。
僕は、もう一度彼女を追うことにする。
終わり。