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これは夢か現実か?村上春樹さん朗読会レポート

3月1日に早稲田大学大隈講堂で開催された、村上春樹さんと川上未映子さんの「春のみみずく朗読会」。なんとお二人の新作短編が披露されるという夢のようなひとときを、Norikoが体験してきました。


会場となった大隈講堂は約1100席が満席。50代60代くらいと思しき男性が目立つ。見るからに村上春樹が好きそうな…というのは偏見か。


定刻となり、マキシ丈のワンピース姿の川上さん、続いて村上さんが登場。ジャケットに、Tシャツ、ジーンズ、そしてスニーカー。うわあ村上さんだ、ナマ村上さんだと思わず泣きそうになる…。大げさかもしれないけど、大学生の頃から、30年にわたって追いかけてきた作家さんなのだもの。


お土産

実はこの朗読会を前に、2019年に出版された『みみずくは黄昏に飛びたつ』を初めて読んだ。おもにこの年発行された村上さんの小説『騎士団長殺し』について、川上さんが村上さんにインタビューするというものなんだけど、これまで読んでいなかったことが悔やまれるほど、面白かった。

川上さん、村上作品を相当読み込んでいて、質問が細かい!さらに川上さんは長年村上さんのファンだったということで、短編から翻訳作品までくまなく読んでいる。

その川上さんとのやりとりで、非常に印象深かったのが、村上さんは作品を書き終えたらその内容を忘れる、ということ。村上さんは、物語では仕掛けや登場人物、構造などさまざまな要素があるなかで、「文章」がなにより大切で、文章を進化させていくことに心血を注いでいるとのこと。作品ごとに違う文体を試し、その技術に磨きをかけていく。だから、過去の作品を読み返すと、文章が稚拙に感じられてしまうので、読み返さない。このため過去の作品の内容は忘れてしまうのだそう。

なので本書内ではしばしば「〇〇ってどういうことですか?」「覚えてない」「ええーうそでしょう」みたいなやりとりが登場する。『騎士団長殺し』の出版直後のインタビューなのに、主要登場人物の名前すら忘れていて、川上さんにつっこまれたりしている。(これはさすがにネタなんじゃないかと思ったが)

ちなみにみみずくは、知恵の象徴であり、『騎士団長殺し』にもみみずくが登場することからタイトルに使われているのだとか。


朗読会の前に読了して正解

このような対談本を朗読会前日に読み終えたばかりだったので、その「続き」を見ているようだった。


朗読会では、まずは川上さんが『春のこわいもの』から短編小説『青かける青』を朗読した。入院中の女性が「きみ」に宛てて書いた手紙。川上さん、声がやわらかく、ちょっとかわいらしく、どことなく少年っぽいひびき。手紙の文体と朗読というのは相性がいいなあと思う。

朗読と朗読の間には、ギタリスト村治佳織さんの演奏があった。
アコースティックギターでビートルズの「イエスタデイ」などが演奏され、「うわあこれって、『ノルウェイの森』のレイコさんじゃん!」と思ってしまう(作品の中に登場人物がギターでビートルズの曲などを弾く場面がある)。会場内でそう思った人は多いのではないか。なんだか虚実ないまぜの、夢見ごごちになっていく。

そしてついに村上さんの番がきた。
「10日ほど前に完成したばかり。長いので朗読用に短縮しました。タイトルは、『かほ』です。」と村上さん。かほ、とは登場人物の名前だ。「夏に船の帆の帆で『夏帆』。そうすると夏に生まれたと思うでしょう、冬生まれなんです」とのこと。「ええ??なんだそれ」とちょっと笑いを取り、読み始める。

未発表新作とのことで、内容は内緒、なのだけれど、こんな幸せなことってあるのだろうか。
私は読むのが速く、そしてついつい描写などは飛ばし気味に読んでしまうのだけれど、朗読は会場全体が同じ時間を共有する。村上さん独自の「間」で、スピードで、物語に心をゆだねる。
頭の中にその世界を思い浮かべる。次第に村上さんも物語の世界に入っていったのか、身振り手振りが加わるようになる。話が面白くて、次はどうなるんだと身を乗り出すように聞いていたら前半は終わり。ふうっとため息がもれる。

後半は、俳優の小澤征悦さんが登壇し2作品を朗読。
川上さんの『ヘヴン』と、村上さんの『風の歌を聴け』から一部。
なんと、村上さんのデビュー作と最新作を一度に聞けるとは。
そして、前述した『みみずくは黄昏に飛びたつ』の内容を思い出す。村上さんは文章を進化させ続けている、と言っていたが、確かに『風の歌を聴け』と『夏帆』では、文章の流れ方が違うのだ。『夏帆』の、滞りないスムーズさ、これが進化なのか!と感じる結果に。
とはいえ、小澤さんの朗読は、「僕」と「鼠」の世界観ぴったり。太く淡々とした癖のない声(小澤さんは見た目と違って声には癖がない…)が、乾いたあの世界に合う。

途中で、村上さん、川上さん、村治さん、小澤さんのトークコーナーをはさむ。
小澤征悦さんは、先日逝去された小澤征爾さんの息子さんということで、村上さんは、いきなり思い出を話しだす。「2人で京都の先斗町に行って、小料理屋さんに入ったら、おかみさんが小澤さんに“先日、息子さんがきれいな女性と来ましたよ”って言ったんだよ」と。きれいな女性と2人っていやいやこの話題、小澤さん大丈夫なのか?単なる暴露か、みたいな流れでトークは盛り上がる。そして「ご冥福をお祈りします」と続ける。
しんみりしがちな話題だけれど、村上さんはユーモアを交え、トークショーの流れを止めることなく明るい方向に持ってったなー、すごいなーと思う。関西人だからなのか。隙あらば人を笑わせようとしているようだ。

また、『風の歌を聴け』の朗読どうでしたか?との問いに、「内容覚えてなくて新鮮だった」というコメント!川上さんは「春樹さんいつもそうなんですよ~」とあきれたように笑う。
「世界のムラカミハルキ」なのに。「文壇の巨匠」感を出さないようになのか、ボケを買って出ている姿勢がすごい。これこそが、かっこいいんだよなあ・・・・。ますますファンになっちゃうなあ・・・。

トークの後は、川上さんが新作を朗読する。
そして、お待ちかね『夏帆』の後半が朗読されたあと、最後の締めはなんと、川上さんが『ノルウェイの森』を朗読。
療養所にいる直子がワタナベに宛てて書いた手紙のシーンだ。
療養所ではキノコ狩りをしたりして健康的に暮らしていること。レイコさんとふたり、ワタナベの手紙を楽しみにしていること。
川上さんの声は直子のイメージぴったりだった。静かで、あたたかくて。どこか少年ぽい幼さがあって。なんどもなんども繰り返し読んだ作品の世界が、朗読でよみがえる。しかも作者立ち合いのもとで。これは夢の世界か?と、繰り返し思う。

コロナ禍を経て、リアルに出会うことの大切さを日々感じているが、この夜はまた、村上春樹さんのいる会場でビートルズの曲が演奏され『ノルウェイの森』が朗読され、村上さんの新作が発表され、…ってこれはもう奇跡でしょう、生きてるとこういう奇跡に立ち会えることもあるのだな、としみじみと思った。

(text&photo:Noriko ©elia)
※ステージの写真は許可時間内に撮影

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