鳥たちの夜 4
文:谷口江里也
©️Elia Taniguchi
目次
1:越境に関する考察
2:眠りに関する考察
3:確信に関する考察
1 越境に関する考察
越境は鳥にとって、鳥が鳥であり続けるために自ら創り上げた
一つのシステムにほかならない。
空を想い描き
そして空を自らの世界にすることに成功してからというもの
鳥はもっぱら空を自由に翔かけることに専念した。
風を切ること、風の流れを呼んでそれに乗ること
そしてそのために自らの身体を思いのままに操ることに専念した。
空の上では地上と異なり
ほんの僅かなことが大きな結果の違いとなって表れるからだ。
ほんの少し羽根の尖端の向きが変わっただけで
鳥の体は急旋回し、下手をすれば
そのまま回転を続けて落下しそうになる。
あるいは、ほんの少し首を上に向けただけで
それまで爽やかだったはずの風が
突然固い壁のように鳥の前に立ちふさがり
体がたちまちバランスを崩す。
そんなとき決して慌ててはいけない。
空中に在って取り乱せば、上下左右、そして前後の感覚すらもが
一瞬にして狂ってしまうからだ。
地上での手応えはそこにはない。
その時に頼るべきは視角ではない。
もちろん聴覚でも触覚でもない。
何度か極めて危ない経験をした後鳥はそのことに身を以て気付いた。
気付く前に命を落とさなかったのは
もしかしたら幸運以外の何物でもなかったかもしれない。
結果として鳥が解ったことは
そんなときに頼りになるのは、つきつめれば加速力
あるいは減速力が自らの体内に与えるある種の抵抗感と
重力という絶対的な力が鳥の体に与える引力の感覚だけだ。
そしてその二つの感覚が
つまりはその二つの力が合わさった結果としての
一つの力とそのありようが
鳥がその時に遭遇している現実に他ならない。
鳥が成すべきことは、向かうべき方向は
その現実が自ずと指し示してくれる。
全ての動きを一瞬の間停止する勇気さえあれば
自分がどこへ向かって落ちているかを瞬時に体が教えてくれる。
羽ばたくのはそれからでよい。
そうしなければかえって危険だということを
鳥は自らの体験を通して知った。
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