見出し画像

鳥たちの夜 3

文:谷口江里也
©️Elia Taniguchi

目次
1:羽毛に関する考察
2:唄に関する考察
3:記憶に関する考察


1 羽毛に関する考察

鳥の羽毛は、鳥が自らを愛するためにある。
考えても見るがいい。鳥はたった一羽で空を飛ぶ。
凍てつく風を切って空を飛ぶ。
もしも羽毛がなければ身を切る風から
空の上で鳥はどうやって身を護ればよいのか。
風を切って飛ぶことは、すなわち
飛べば飛ぶだけ鳥の体から体温が奪われることを意味する。
体が冷えれば
ただでさえ過剰なエネルギーを羽ばたくために用いる鳥が
さらなるエネルギーを、体温を保つために消費しなければならない。

それは基本的に不可能だ。
重力に逆らって飛ぶという過剰な行為を実現するために
その命題のために鳥はなにかにつけて極限を追求してきた。
腕を無くし骨を空洞にし
無駄と思われるものの一切を鳥は極力削り落としてきた。
それでも鳥が簡単に空を飛べたというわけではない。
今でもなお羽ばたくのを止めた途端、たちまち墜落するのだ。
飛ぶために最も効率の良いシステムを追求した結果
鳥の体は必要最小限の強度と力を纏まとうものとなった。

したがって、たとえば翼を動かす筋肉は
鳥の体の中で最も太く強靱なものとなったが、かといって
有り余る程の力を備えているというわけではない。
そうすれば筋肉自体が無用に重いものになり
その重さを運ぶためにさらに強力な筋肉が必要になるという悪循環が
ある極限値を超えた瞬間から始まるからだ。
使わなくて済むものは、いっそ持たない方がよい。
これが飛ぶという過激な命題を実現する課程で
鳥が自ら学び取ったセオリーだ。

したがって羽毛もまた当然のことながら
そのような極限的なシステム追求の賜物である。
ここでの具体的なテーマは大きく分けて二つあった。
ひとつは飛行の際に体温が奪われるのをいかにして防ぐか。
そしてもう一つは、その仕組みをどうすれば軽く出来るか……
その答えが羽毛だった。
飛ぶという命題テーマを尊重するならば
それを実行する自らの身体リアリティを大切にしなければならない。
体が死ねば命題も死ぬのだ。
体が凍こごえれば翼を支える筋肉もまた萎縮するのだ。

だから鳥は、軽く暖かな羽毛という前代未聞のツールを創造し
それで自らの身体を覆った。
だが飛行中の寒さから身を護るという単にそれだけの理由で
鳥が羽毛という形式を選択したわけではない。
もちろん飛ぶという命題を実現するために鳥は全てを動員してきた。
最も効率的なシステムとは何かを考え、試し
考え続けて自らの体をそれに最も適したものへと創り変えてきた。
言うまでもなく、それが必要だったからそうしたのだ。

だが大切なことの全てがそうであるように
必要な条件をたとえ全て満たし得たとしても。
それだけでは無数にある可能性の中から
たった一つを選び取るには十分ではない。
眺めることと視ることは同じではなく
考えることと決めることは決して同じではない。
何かを一つ選ぶことはそれ以外の全ての選択肢を捨て去ることであり。だからこそ、その一つには
それ以外のあり得るかもしれない全てに勝る
魅力のようなものがなければならない。

ここから先は

8,329字

¥ 100

期間限定!PayPayで支払うと抽選でお得

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?