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長生きはリスク、早死には損
僕の祖母(こんな未来のない場所に来てはいけないと言った祖母とは別だ)
は100歳を超えて老衰で亡くなったのだけど、10年ほど続く晩年は介護施設に会いに行くたびに、口を開けば「早くお迎えが来てほしい。それだけが望みだよ」と言っていた。
目と耳が悪くなっていくほかに特に何か病気をしているとは聞いていなくて、超高齢者としては結構元気なほうだったと思う。
それでも人生最後の10年は家族が来るたびにお迎えが来てほしいというようになる。
100歳を超えて生きたし、90を超えて歩いていたし、受け答えもしっかりしていた。高齢者としては結構元気というか、病院に勤務する身からするとかなり恵まれていたように思う。
それでもそうなってしまうのだ。
それに限らず、加齢性変化で人生の体験を損なう要素はいくつもある。
認知症、パーキンソニズム、老眼、難聴、フレイル、関節痛、骨粗しょう症、起立性低血圧、味覚障害、心不全、不整脈、慢性腎臓病、感染症、皮脂欠乏症、排尿障害、便秘などなど…
60代で加齢性変化としてこれらの疾患を呈する人は少ない。
ただ、80歳代を超えると上記を複数合併する人が増えてくる。
複雑なのは、上記の要素のうち、一つを改善すれば別の一つを悪化させることがしばしばある。そして、急性期病院の医師は一般に生命予後を改善するために人生の質を低下させる傾向がある。
例えば、
認知症のためにコリンエステラーゼ阻害薬を用いれば、食欲が低下する
フレイルのために運動を指示すれば関節痛が悪化する。
関節痛のために痛み止めを使えば、慢性腎臓病が悪化する。(種類にはよるが、一般的には)
起立性低血圧のために、昇圧薬を用いれば、高血圧が悪化する。
味覚障害のために塩分を増やせば、心不全が悪化する。
心不全のために塩分を減らせば、食事がおいしくなくなる。
心不全のために利尿薬を用いれば、皮脂欠乏症が悪化し、かゆくなる。
排尿障害のために抗コリン薬を使用すれば、認知症が悪化する。
などがパッと思いつくものだ。
60歳代の医療を行う場合はこうしたジレンマに悩むことは殆どない。
少なくとも、臓器障害は1-2臓器に限られていて、他の臓器には余力があるからだ。
医療費自己負担1割と診療報酬減額に伴う頻回受診のインセンティブがあることで、どうしても愁訴に対して複数の薬剤が処方されていく傾向にある。
訴えの多い高齢者は病院を受診すればするほど体調が悪化する傾向がある。特に80歳代を超えるとそうなりやすく感じる。
80歳代になってから長生きすることを目的としない医療に切り替えることができれば、この「僅かな予後延長を期待して、QOLを下げる」診療の流行を抑えることができる。
しかし、現状の医療・年金制度は、長生きすればするほどお金がもらえて、医療を一定以上受ければ、自己負担額が変化しない仕組みなのだ。
定額使い放題であれば、自分の満足できる水準を超えてサービスを受けてしまう、というのは、食べ放題・飲み放題のお店に行ったときに感じることがないだろうか。
もしくは従量制限からギガ使い放題に変わったときの心境とスマホ使用時間の変化などでもよい。
僕らは定額使い放題だと認識すると、快適になれる範囲を超えて使いすぎてしまう傾向があるのだ。
一方で、早死にするインセンティブは乏しい。
なにしろ、現代の現役世代は、国民年金で月16,980円、協会けんぽの保険料なら月給与の10%(介護保険を含めれば11.6%)を強制的に徴収されているからだ。これに厚生年金や税負担が重なる。
実際には賦課方式で、今の世代を支えるために徴収されているのだが、大義名分としては将来の自分を支えてもらうために支払い続けて制度を継続してもらいましょう、ということになっている。
政府の発するメッセージである、「社会保障は世代間の助け合い」で、いつか下の世代が助けてくれると素朴に信じている場合は、長生きすることにインセンティブがある。
つまり、長生きすれば年金と安価な医療サービスを受け取れるし
65歳未満で亡くなった場合は、年金が受け取れず、安価な医療サービスが受け取れる、と考えることができるのだ。
そして、高齢者に対する医療は、エビデンス以上の効果があるように信じられているように思う。
だからこそ多くの人が病院に来るし、サービスを使用するのだろう。
実際には、80歳を超えた高齢者に対する医療の効果は、決して高くはないのだけど。