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ギルドが資本化により解体されていく中で利益が不均一に分配される。
医局とはギルドであって、価値を共有し、また医師の質の差を均質にしようと試みる共同体である。
だからこそ医局の流儀があって、それが伝授されていた。
また共通する価値観があって、それを共有するために飲み会を含む様々なイベントが開催されていたのだと思うし、教授を頂点とする階層構造は前提とされていた。
定期的な医局人事によって医師の経験や知識が偏らないようにしたうえで、アカデミア、臨床、教育といった多数のポストを持ちそこに振り分けることで色々な意味でのクオリティーの差が生まれづらいようにした、そうした構造なのではないかと思う。
しかし臨床研修制度の導入で医局や大学病院を中心とした医師派遣システムは縮小した。しかしながら、その縮小の初期においては医師は後輩を育成するものという暗黙の気風が維持されていたように思う。
また、医局というギルドが閉鎖的であったために、厳しい指導が実施できた事情もあるだろう。
しかし臨床研修制度によって教育の場は市中病院にうつった。
もともとは大学病院で厳しい指導を受けていた指導医たちがそのスタイルで指導していたが、市中病院はより開放的であって、その労働状況の実態も明るみに出ることとなった。そのために初期研修医は保護されるようになり、厳しい指導は姿を消した。
これはギルドが縮小して流出した医師が市場化されたことによる価値観の多様化、といえば聞こえは良いが、ギルド自体が担保していた信頼を長期的には失う行為なのではないかと懸念している。
言い換えよう。
ギルドの中では共通の価値観が育まれる。
それは大学で論文を書いて出世することが素晴らしい
後輩はしっかりと指導し、ご飯をごちそうし、医局を盛り立てていかなければならない
お金稼ぎよりも博士号を取得し、研究を行い、医局に恩返しすることが大事だ
という価値観である。
全員、ないし多数派がこの価値観を持っているからこそ、多くの人が大学病院や大学病院に属する医師を立派なものだと思い、尊敬していた、という側面はあるように思う。
しかし市場化が起こって初期研修医は給与が良く、不条理な医局のルールから逃れられる市中病院に流出するようになった。
こうした病院でも最初のうちは医局的な空気をまとって指導する風潮があったりした。
しかし市中病院のポストは医局に比べると少ないので、指導した医師は結局殆どが残れない。
こうしたことが続くと、指導のモチベーションは下がる。
また、パワハラ・セクハラなどと言われて指導することがリスクになった。
そして、特に指導することで自分の利益に繋がるわけではないのだ。
医局の縮小と市場化の初期には、初期研修医・後期研修医は比較的恵まれていた。給料は大学病院より良いし、大学病院のような不条理もない。そして指導もしっかりと受けることができた。
しかし、医局的な価値観の残滓が薄らいでいく中で、指導をする医師は少数派になった。
その中で徐々に大学病院の待遇も改善されるようになり、給与面での差が減ってきた。さらに、大学病院も不条理さが減りつつある。
つまり、大学というギルドに属することが当初は大きな利益に繋がったが、市場化に伴って徐々に小さくなった。
一方で、市中病院、つまり市場化は、当初殆ど開かれていなかったが、徐々に大きな利益を有するようになり、今やその利益はそこまで大きくなくなっている。
医局という閉鎖空間が開かれることで一時的に利益が生み出されたが、共通する価値観が希薄化してしまったせいで今や全員が少しずつ損をしているのではないか?
とはいえ、価値観自体の希薄化は別として、知識ベースで考えれば良い医師になりやすい時代ではあると感じる。
読める医学書は過去のどの時代よりも多く、膨大な文献にアクセスでき、翻訳機能はワンクリックで可能で洗練されつつある。
エビデンスをまとめた良質なサイトもあり、また暗黙知的な診療のコツに関しても、複数の良書が出版されている。
問題は、知識へアクセスするモチベーションが医師によって大きく異なっていることだろう。
昔はやる気がない医師を医局制度によってそこそこのレベルに引き上げたり、向いた仕事を割り振ることができていたけど、今や大半の医師は市中病院で働くようになっている。
そして、やる気のない医師を指導する人は少ない。そしてこうした医師は他の医師とのネットワークも乏しいから、一人で患者を抱え込むことになりがちである。
なので、医師間の臨床能力の格差はどんどん広がっていく気がする。
もちろんどこかで誰もが大規模言語モデルを使うようになるから実力差が少なくなる、という考え方はある。
正直これに関しては予想がつかない。
大規模言語モデルへの相談は結構手間がかかる。
まず状況を言語化しなければならないし、いまいちな病歴からはいまいちな鑑別診断しか生まれないだろう。
しかしどうなんだろう…これは大規模言語モデルネイティブの初期研修医たちがやってきたときにわかることだろう。