時間があって自己負担が少ない人ほど外来で医療費を減らすのが難しい理由
欲しい薬がある患者が外来に来ることがある。
不思議なことだが、自己負担三割かつ働いている人で、そのような人を見たことは殆どない。
稀に自分の病気について非常に勉強していて、提案してくる患者さんはいる。そうした提案は基本的には喜ばしいものだし、検討の余地もある。医学的な妥当性を話せば納得してくれることが多い。効果がわからなくても、勉強するんで次の外来でどうするか考えましょう、と話すことができる。
一方で、要領の得ない長話を延々話した末に、特定の薬がほしいという患者もいる。ディティールは詳しく聞くほどに曖昧なことが多い。欲しい薬は睡眠薬が多い。湿布のこともある。自分ではない誰かに授与するための薬を無料で手に入れたい動機が透けて見えることもある。(薬事法違反)
特定の薬が欲しい患者さんは大抵自己負担額が少ないか無料で、働いていないことが多い。
要領を得ない話を続けることの本心を推し量ることはできないが、時間が有り余っていて、自己負担額が無視できる条件下では、自らの願望を叶える作戦(要領を得ない長い話作戦)として効果がある。
医師からすると長い話を聞いていると、他の患者を待たせることになる。早く会話を打ち切りたいから薬を処方する、こう対応する医師は一定数いる。
忙しい外来を切り盛りするために薬を出して黙らせる、ということだ。それに医学的に無益(ときに有害)でお金がかかるという害はあるが、病院の収益にはなるし、支払いの大部分が公金に由来するからとりっぱぐれもないのだ。
患者の方もそのへんの機微をわかっているので、交渉の余地がないことが明らかになると諦める。
だめだったら別の病院なりクリニックに行って同じ話をすればよいのだから、見込みのない医師と話を続ける意味はない。
時間は余ってるし、クリニックや病院はいくつもあるから、いつかどこかで自分の欲しい薬を出してくれる病院やクリニックを見つけることができる。
これが医師が努力しても医療費を減らせない構造的理由だ。
ちなみに僕は要領を得ない長い話作戦に対しては以下のように話して断っている。比較的すぐ諦めてくれる。
「〇〇さん、私はその薬を処方しませんよ」「処方しないことにしているんです」「処方はしないので諦めてください」
それでも何か言ってくる場合は
「あなたの話を聞いたけれど、あなたの欲しい薬を処方するための病名を僕はつけることができない。病名をつけることができなければ、保険組合になぜこの薬を出したのか監査され、保険組合はお金を出さないことを決定するだろう。そうすると病院に損失を与えてしまう。私も雇われの身だから、病院に損失を与えるような真似はできない。だからあなたの欲しい薬を処方することはできません」
と答えるようにしている。
監査されて病院が損して、僕がクビになっちゃうかもしれないの、だから処方できません。
と、簡潔に言うこともある。
同業者の皆さんも適切に監査者のことを使ってあげると良いな、と思うんだけど、結構医学的な合理性の話とかしがちで、そうするとアレルギーが、私にはこの薬が合っていてとか、いろいろ交渉と対話の余地が生まれてしまい話がどんどん長くなってしまう。
患者目線からすれば、話を長引かせることができれば、目的の達成に近づいていることになってしまう。
自己負担が増えるか、暇じゃなくなるか、病院/クリニックへのアクセス制限が適切に行われれば、この戦略は効果を発揮しなくなる。
そうなれば、国は損失が減る。病院の待ち時間は減って、この戦略を取らない多くの患者さんには利益がある。医師のストレスも減る。
要領を得ない長い話作戦に対しては本当に制度ベースで対応が望ましい。
実際こんなふうな薬事法違反も起こってるわけだからね。