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「お前も老人になるんだぞ」「もしみんなが老人になるなら老化に手厚い医療保険は成立しないよ」

保険という制度は、悪いことが起きない人から預かったお金を、悪いことが起きた人に分配するシステムである。
自動車保険であれば自動車事故、火災保険であれば火災が例となる。
これは基本的には、事故が比較的稀だが損害が大きいために成立する。
医療保険であっても、40歳から49歳の中でリスクの病気に対する補償を行う場合、この年代で入院が必要な病気に罹患することは比較的稀であるし、病気になれば働くことができないなど、損害も大きいために成立する。

もしくは年齢に応じて、リスクが高い人は保険料も高いとなれば、持続可能性がある。

次に、保険が成り立たない領域を考えてみよう。
悪いことが起こりやすくて、損害が大きい場合には成り立ちづらい。
例えば米国では、ハリケーンの多いフロリダで保険会社が撤退した。
その理由は、フロリダでは大規模災害が頻発するからだ。

さて、医療保険について考えてみよう。
通常、民間保険であれば高齢者は保険料が高額な傾向がある。
それは高齢者であるほど、病気にかかる確率が高く、医療費も高額になる傾向があるからだ。

某保険会社の保険料を計算してみよう。
20歳男性だと、医療保険(入院保険)の保険料は、毎月2000円である。
70歳であれば、月12850円
80歳であれば月17900円
85歳ともなると、そもそも保険に入れなくなる。

しかし日本の国民皆保険制度はこれと全く逆の制度である。
基本的には沢山お金を稼ぐ人≒元気な人ほど保険料が高く、高齢者やお金を稼いでいない人≒元気がない人ほど保険料が安い仕組みとなっている。

なぜこれが成り立つかといえば、健康保険は国民全員が強制的に加入することになる制度かつ、不足分を国庫から補充できるからだ。

もし保険会社が健康保険制度に類似したものを作り出した場合、元気な人は別の保険会社と契約し、元気がない人だけが保険会社で安い保険料を支払いつつ高額な医療を受けることになって、保険会社は破綻するか、保険料を高額にする選択を迫られるだろう。

次に、保険制度を弱者を支援する制度と考えた時に、国民皆保険制度が持つ問題について、考えてみよう。

国民皆保険制度はその人の恵まれなさをその人の人生の全ての経過ではなくて、現時点の状況で判断する。

つまり、100歳で収入が少ない住民税非課税世帯であれば、恵まれていないと判断され、保険料の支払いが安くなり、医療費自己負担額も安くなる。
しかしそもそも100歳まで生きているということは健康に恵まれていたことになる。つまりこの人の人生をトータルで考えた場合には、50歳でクモ膜下出血で死亡した人よりもずっと恵まれていたことになる。
年金も同様の問題を抱えている。長生きすればするほど年金の収支はプラスになるのだけど、長生きするということは基本的には健康や周辺の環境に恵まれたということだ。

 さて、1973年、老人医療が無料になった時代に医療というのは基本的に感染症や心臓病、脳卒中などの急性期医療を対象とするものだった。がんの治療も基本的には外科治療だっただろう。

 現在では入院患者の半分以上は後期高齢者で、あって、使われている医療費がどの年齢に集中しているかを見ればわかるが、医療費の大半は老化とそれに付随する疾患や状態に対して使われるようになった。

さらに言えば、老化する人が増えた。
日本人の平均寿命は男性が81歳、女性が87歳だが、死亡年齢最頻値は男性88歳、女性92歳となっている。
そしてこれは臨床上の実感とも合う。
病院で亡くなる人は85歳以降が圧倒的に多い。

なお、2000年の死亡年齢最頻値は男性74歳、女性86歳であり、この値は23年で大きく変化し、延びている。

言い換えると
医療費は老化に対して使われることが増えた。
老化の影響を被る年齢以上に生きる人も増えた。

年を取る人が増えた。年を取ると誰もが老化する。これに対して医療が使われる割合が増えた、と言い換えても良い。

つまり、保険の前提条件である、悪い出来事が起こる確率が稀である、という前提は最早成立しなくなった。
そして、悪い出来事に対する費用は膨大になり続けている。

なぜかと言えば、高齢者に対する治療は治療効果が乏しく、合併症のリスクが高く、治療が上手くいっても亡くなるまで医療・介護リソースが追加で必要になることが多いからだ。

老化に対する保険を成立させる方法はいくつかある。

1.保険料を高額にし、脱退を不可能にする。


これはもっとも単純な方法だ。
まともに企業で働く限り健康保険に加入しないでいることはできない。
これは両方が成立しないと意味がない。脱退が簡単であれば、保険が割に合わないと考える人々が離脱するので、保険料は非現実的なレベルに高額となる。

保険料の負担が適切に分配されるなら、一つの方法だろう。
しかし現状、保険料の負担は適切な分配とは思われなくなっている。

2.一定の年齢まで保険がカバーする あるいは高齢になるごとに保険料が高額になるようにして、脱退を自由とする。


これは民間保険がやっているものだ。つまり、高齢になるほど保険料が増加し、80歳は保険に加入できるけど、85歳から入ることはできません、というものだ。
健康保険制度は80歳までの医療をカバーし、それ以降は自費でお願いします、という制度を想像しても良い。
高齢者であれば入院することも多いし、医療費が沢山かかるから支払えなくなるのではないか、と考える人もいるかもしれない。
90歳でご飯が食べれなくなった時に点滴をしながら胃カメラを行い、大腸カメラを行い、全身のCTを取って、食べれないことが確定すれば胃瘻を作って経管栄養を投与し…といったことをすれば勿論お金がかかる。
しかし大往生であると見なしているなら医療の助けはそこまでいらない。老衰の死亡診断書を書いてもらうための訪問診療が数回、といったところだろう。これであれば自費診療であっても10万円程度だろう。

この制度は80歳までは生きるための医療を国が提供する、というある種の平等さを有している。

3.年齢に応じて保険償還される月ごとの金額を定める。

つまり、60歳なら月100万円までは健康保険で賄いますがそれ以上は自費になります。90歳なら月10万円までは健康保険で賄いますがそれ以上は自費になります、とする。
これに近いのが介護保険制度で、介護保険制度ではその等級に応じて使える月のサービス料が決まってくる。これを年齢に置き換えるイメージだ。

この制度は理論上は成り立つが高額医療の年齢をまたいだ継続が難しいのが懸念される。

4.年齢に応じて医療の範囲を制限する

これはつまり80歳以上では気管挿管、人工呼吸管理を保険ではカバーしない、などといったように制限する方法である。

どんな基準でその線引きをするかに、非常に複雑な判断が迫られるだろう。

5.世代間格差を拡大して、長生きする世代の下に早死する世代を作り出すことで、保険料の帳尻を合わせる

つまり、豊かなままに年老いた世代に対しては医療を潤沢に提供する。
これを維持するために下の世代を貧しい状態にとどめ、長生きが難しい状態にする。つまり、老化の発生確率を下げる、という方法だ。
老化を保険でカバーする世代の下にあまり老化しない(=早死にする)世代を作る。そうすると、下の世代があまり医療費を使わずに亡くなるので、世代で合算したときに医療費の平均値はさほど高くなくなる。

このやり方は現在高齢である世代にとっては福音である一方、貧しい状態に留まる世代にとってはたまったものではないだろう。保険料は高額なのに受けるサービスは少ないし早死にすると言われたら納得できるとは思えない。

ただ、これは氷河期世代を救済しないことを続けていた結果、実現されるであろうことだ。

ひょっとするとどの方式もグロテスクに感じるかもしれない。
しかし、保険という制度は誰かが損をするのは避けられないのだ。
だから「世代間の助け合い」といった綺麗事で損失の要素を見えなくする必要がある。

しかしこうしたベールを抜きに老化に対する健康保険の実現可能性を考えると、誰がどの程度の損失を被るべきか?という問題に帰結するのだ。






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