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薬剤性の症状と曖昧な診療が組み合わさる。フリーアクセスと定額使い放題の高齢者医療制度のために複数の医療機関の円環にはまり込む。医療資源が消費される。

僕は内科医で、ときどき内科外来をやっている。循環器内科とか消化器内科とかじゃない、ただの内科だ。

内科を掲げて、看護師が話を聞いても何かに振ってよいか悩むような患者さんをすすんで診療していると、だんだんとそういう患者さんを初診で診る機会が増えてくる。

たいていは後期高齢者だ。
認知症とは断言できないけど話は散漫としている。
たくさんの病院/クリニックにかかって様々な薬を内服している。

自分がどんな薬を何のために飲んでいるかはわかっていないことが多い。

お薬手帳も持参していないことがしばしばある。
自分が過去・現在にかかった病気を知っていることは少ない。

だからまずは定期的に通院している病院全ての薬がわかるようにしてください、と紙に書いて伝えることにしている。

複数の病院/クリニックを通院し、10-20種類くらいの薬剤を内服していることがわかる。ある程度信頼関係が築けると、複数回救急要請を行っていることが判明する。

的を絞って話を聞く。お薬手帳と見比べることで(場合によっては診療情報提供書から再構成した薬剤歴を確認することで)、病歴がはっきりしてくる。

時系列がばらばらで、症状が次々とあちらこちらに移り変わるまとまりのない話を聞きながら、お薬手帳を眺めて薬の種類と投与量をカルテに転写しているうちに、副作用を起こすとしたらこの辺の組み合わせかな?という検討がつく。

何度か通院してもらって信頼関係を築いたり、簡単な検査を行ったあとに薬剤調整の提案をして処方を一元化して問題となる薬剤を減らしたり中止すると、初診時にあった切迫感はなくなる。すっかりよくなりました、と言ってくれる患者さんも多い。

こういう経験をするのが、初診患者さんの5人から10人に1人くらいだ。

この人たちは、保険が9割補助され、上限が8000円/月から、18000円/月になる実質的には定額使い放題かつフリーアクセスの医療制度のもとで複数の病院に通院していた。
複数の病院/クリニックで処方された多数の薬剤に由来する症状を解消したいと願って、複数回無料の救急要請を行い、救急外来を受診して、検査を受けたが、特に問題が解決することはなかった。

幾つもの病院を巡った末に、ある医師がどんな薬を内服しているかを誰も確認していないことに気づく。
薬剤の処方歴を確認し、処方された薬剤を中止することで訴えが解決する。

医学による壮大なマッチポンプだ。

なぜ高齢者医療費は高額なのか?に対する一つの答えだ。

複数の病院に通院すればするほど、医原性の問題が生まれやすくなる。

医原性の問題を解決しようとさらに医療機関を受診し様々な検査を受ける。

そして、苦しみの解決を願って医療機関の円環を無限にめぐり続ける。

この苦しみは、認知機能が低下し、自分が内服している薬や病気の内容を忘れながらに複数の薬剤を内服しながら、フリーアクセスで定額使い放題の医療で問題を解決しようとする後期高齢者に生じやすい。


ここで不思議なのは、こうした患者さんは自分が処方された薬や、自分が通院している病院を十分覚えていないことだ。

そして、初めて僕の外来を受診するのに、自分が飲んでいる薬と、通院している医療機関を伝えるという発想がないことだ。今までの人生で、たくさんの病院にかかっているはずなのに。

誰がこうした患者を作り出してしまったのだろう。

別に僕は難しいことをしたわけじゃない。
直近数ヶ月で通院したクリニックや病院を把握し、過去にかかっていた病気を確認し、処方されていま内服している薬剤を確認し、(基本的には電子カルテないしインターネットから簡単に閲覧できる)薬剤添付文書を確認しただけだ。

保険診療だから
いつどのような病院を受診し
どのような検査をされ
どのような処方が出されたかは、データとして残っている。

だけど患者さんの頭には残っていない。
これを取り出すために幾つもの書類仕事や電話が必要になる。
お金と人手と時間がかかる。

これは不要な薬剤を処方した2番目の病院がなければ、全部いらなかった仕事だ。

医療をフリーアクセスにしていなければ、このようなことは起きなかった。
かかりつけ医が一人であれば、少なくとも薬物による害とそれに続く複数医療機関の受診と複数の、時に重複した検査は全て不要だった。

高齢になると病気が増えるから、高額な医療費が必要だ、と主張する人の話を聞くとき、僕はいつもこの体験、繰り返される体験を思い出す。

僕はこんな仕事なんてなくなればいいと思っている。
たいていの医師は自分が診療している病気がなくなればいいと願うが、現実には大腸がんや間質性肺炎や脳梗塞をなくすのは難しい。
でも、複数の薬剤を内服することで薬剤の副作用が出現しその解決を求めて複数の医療機関を受け続ける病的な状態は、理論上はなくすことができる。

具体的には

後期高齢者が医療を定額使い放題にできる制度を廃止する。

医療機関へのフリーアクセスをやめる(かかりつけ制度を厳格に運用する)

マイナ保険証の活用で、医療機関を受診したときに過去の処方歴と通院先を確認できるようにする。このデータは電子カルテに転記できるとなおよい。



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