見出し画像

専門医と赤の女王仮説

専門医は本当に必要なのか、という議論がインターネットでも現実でも定期的に巻き起こる。

僕も実際、専門医なんてなくても医師として働けると思っていた。
専門医取得には結構な労力を要するし、維持するにはお金と労力が必要で、割に合わないんじゃないかと思っていた。

しばらく働いてみて、専門医を取らない医師と取った医師の進路を見てみると、なんとなく専門医を取得する意味が明確になってきたので、簡単に書いてみる。

僕が知っているのは内科系だけなので、あくまでも内科系の話ということで。

赤の女王仮説は不思議な国のアリスの「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」というセリフに由来する、ある環境で特定の生物種が存在し続けるには絶えざる進化が必要になる現象を示している。

急性期病院や専門病院で働き続けるために、専門医が必要、ということだ。

じゃあ、専門医の価値について考えてみよう。

1.お金


専門医を取得したからと言って給与が上がるわけではない。
民間医局でアルバイトを検索しても、専門医を条件とするアルバイトが特段割が良いわけではない。
むしろ、専門医が必要ないバイト医や、専門医としての専門性を使わない療養型病院の勤務医などの働き方の方が、給与自体は良いように思う。
また、専門医の更新のために更新料や学会参加が必要ないのも、メリットといえばメリットだろう。

2.QOML


医師として良い労働条件を満たせることが、Quality of medical lifeと呼ばれて5ちゃんねるなどでもてはやされてる。
時間当たりの給与や労働時間の短さは、専門医を必要としない働き方の方に軍配が上がる。これは民間医局などで転職先を検索すればわかる。
最近は少し相場が下がっているみたいだけど。

3.勉強量


専門医を必要とする働き方の方が、勉強量は求められる。
また、専門医を維持するためにも勉強が必要になる。
医師免許を効率よく換金する価値観には合致しないんだけど、ずっと勉強できるの楽しいじゃん、と考えるなら断然専門医のある人生がおすすめだ。

4.能力の維持


専門医資格を持たない先生の行く末を追うのが実は難しいのだけど、専門医を持つ先生より早く成長のピークが来て、40歳代で衰える傾向があるように見えた。なんだかんだ専門医を取るためのレポート作成や試験勉強、そして進捗管理のために仕事を能率よく行っていくことが臨床能力を保持することと関連しているように思えた。
まあ、この辺は相関関係と因果関係の区別が結構難しいところかも。

5.勤務先


専門医を取得していた方が転職は容易だし、大学病院、急性期病院、専門病院などで働き続けやすい。また、研修施設の要件に専門医、指導医が含まれることがあるので、資格を持っていると病院で雇用され続けやすい。

6.出世


急性期病院で専門医を取っていないと専門医を取るように上司から圧をかけられたりしてそれがストレスになる部分もあるようだった。
また、よっぽど昔に専門医なしでポジションを確保した医師を除くと、医師が多い地域で医長、部長になるには専門医が要求されるように感じた。


このように専門医取得のメリット、デメリットを考えてみると、急性期病院・専門病院で医師を続けていきたいなら取得・維持することが望ましい。

また、医師としての能力を維持するためには、専門医取得は一定の意味があるように感じた。

一方で、医師免許を使って最短、ないし最高効率でFIRE(金銭的独立を果たして、早期にリタイアする)を狙うなら、専門医は不要だ。

個人的には少子高齢化とインフレ、SARS-CoV-2の流行と気候変動が積み重なって、予想不可能な出来事が起こる可能性が高まっていると推測するから、今までみたいにオルカンorS&P500でX万円貯めればリタイア可能とは思えない。

学生時代にFIREという言葉は知らなかったけど、僕はもともとFIREに近い働き方を目論んでいた。
ひょんなことから専門医ルートを走ることになっていて、それは思ったよりも充実している。
Noteを書いている他の医師たちみたいな資産を築いているわけじゃないし、築ける予定もない。

専門医取得をキャリアの上で目的としたことは特にないし、専門医のレポート作成や試験勉強は当然のごとく呪詛を吐き散らしながら行っていた。

ただ、僕は急性期病院で働いていてあんまり不満を感じたことはないし、そういう人は多分専門医を取ったほうがいいとは思う。

急性期病院で出会う色々な出来事をストレスにかんじる人もいるだろうし、そういう人は急性期病院で働き続けるのを悪夢の様に感じるかもしれない。そうであればきっと専門医の維持もしんどいはずだから、最初から選ばない方が良いのかもしれない。

急性期病院はきついしお金も少ないけどやりがいがあるからっていう陳腐な言葉は、次のように言いかえることができるかもしれない。

急性期病院で時間でも金銭でもない利益が得られ続けると期待している人は、急性期病院で働き続けることができる。

僕はこの言葉を皮肉とは思っていない。


いいなと思ったら応援しよう!