ついでの横濱おしゃれ街探検日記
ことある毎に「横浜にはこの世界のすべてのものがあるんで。横浜にないものはこの世界にないものなんで」というようなことを言っていた私が自分の勤めている店が横浜にないと知ったのは今回の話とはまた別のお話。
念願の三浦哲郎展に行ってきたのである。なぜなら『白夜を旅する人々』がとてもべりー好きだから。大好きだから。本当に好きだぜ。
ここ昨今の例のあれで延期をしていた三浦哲郎展がついに開催されるのだ!と私が知ったのはもうかれこれどれくらい前? いやしらんけどって感じよな。私もしらん。覚えていない。ともかく「やったー!」と職場で大きな声をだしたことだけは覚えている。まさかうちの店が横浜にないとはね。
読書というのは不思議なもので(は?)ひどくしゃらくらい物言いに自分でイライラしてしまったので戒めのためそのまま文章を続けますが、読書のお導きで阿部昭の『天使が見たもの』を読んだあとに三浦哲郎の『白夜を旅する人々』にめぐりあった私はそれはもう興奮に興奮をかさね、踊り狂って毎日朝まで悪夢を見る生活を続けた。つまり何も変わらないのではあるが、大変につよく感銘を受け、これだから本を読むことはやめらんねぇぜ! ってなったのでした。この文章はまるっとまるまるわりとしゃらくさいので削除候補ですけれども戒めのために以下を略します。
ところで私は神奈川近代文学館が大好きなのでちょいちょい行っているのですけれども、一度もちゃんとたどり着いたことがなく、この前に行った時だか、その前の前だか忘れましたが、駅から10分もかからない神奈川近代文学館を目指して歩みを進め、進め続け、さらに歩き、その一時間後に外国語飛び交うインターナショナルなスクールの門の前で「もう帰ろうかしら」とノラよろしくつぶやいたのであった。太宰治の「葉」は最高なのでみんな読むとよい。
その時は諦めずになんとか裏門からたどり着き、やっとで寺山修司展を見ることが出来て、本当に本当に心底帰らないでよかった、よかった!!と泣きそうになりながらおしゃれケーキを食べたが予定していた横浜観光はできなかったのであった。
ともかく神奈川近代文学館の展示はいつも素晴らしく、私にとてもよいものばかりを与えてくれるので大変にありがとうというところなのです。今回は例のあれで事前予約制ということでしたので、一番最初の回に予約してはちゃめちゃ早起きをしてなんとはじめて迷わずにたどり着いたのでした。駅からめっちゃ近いよな。
ただみなとみらい駅? なんだっけ、駅の名前忘れましたが文学館の最寄りの駅は構内がまじでホラーなので相当精神が安定しているときでないとなかなか健康に通りすぎることが難しいのです。
このようにずらりとかつて生きていて今死んでいるだろう人間の写真のようなものがエスカレーター横だったりなんだりいろんなところに貼ってあるのです。
こわくない!?!?!?!?!?
これを怖くないと思う人間いんの? いるんだとしたらごめんけども、本当に申し訳ないけれども私には正気とは思えない。わかんない。怖すぎてよくわからないけど、怖がらせるためじゃなければなんのためにこうしてあるのか全くわからないけれどもともかく正気じゃないし私が正気じゃなくなるのでやめてほしいけれど私にはそんな権限はないので、体を硬直させながらリュックを背中に押さえつけてエスカレーターに乗ったために登りきったときには全身から汗が流れて獣の匂いがしていたのであった。
で、三浦哲郎展がよかった話は私の中でとどめておきますのでその後の横浜散策の話をしようかと思います。
例によって例のごとく全景がないのですが、神奈川近代文学館にはすてきなイングリッシュガーデン的庭がございまして、さすが横浜! これが横浜の実力! と思いながらめぐりめぐりました。
階段を水が流れておる。横に無限の水彩画を楽しむ会の諸先輩がたがいた。
なんでも起こりそうな庭建築物。ここの周辺にも水彩画を楽しむ諸先輩方が点在しており彼らが映らないように写真を取るのが大変だった。
ごらん、むこうに見えるパラソルは横浜は山手111番館のものだよ。美味しい食べ物を優雅に食べることができる選ばれしものの憩いの場だよ。当然その周りにも水彩画を楽しむ諸先輩方がおる。
まっさかりよりすこし下ったくらいのバラの日々だったので、日々ってことはないけれども、お庭にはバラがたくさんあって別段バラを愛しているわけではないけれども、そらで薔薇という漢字がかけるくらいの知り合いではあるのでとても楽しかった。そこで私はみつけた。
おわかりか?
鳥だ。
鳥。
まぁ鳥なんてのはどこにでもいる。望遠でとるほどのものではないが、そのときは大変に興奮して「鳥がいるじゃねえか、鳥がいるじゃねえか!」と急いで撮っていたら後ろのカップルに怪訝な顔をされた。鳥がいたんだよ。鳥はいるんだよ。
鳥横のばらが可愛かった。
私はこのような庭をつくりたいね!
特に一枚目のジューンベリーと白いあじさいは大正解だった。ジューンベリーという名前は去年の前に知った気がする。それを人は一昨年という。
私は別にこのような造形を好んではいないが「フォロワーが喜ぶかも♡」みたいな邪な情感でもって急いでとった。受け取ってくれよな。
で、気がつくとなんだか腹が減っているような気がしたので庭園を出た。
君はだれだ? と思って撮った。なんらかのキャラクターということはわかる。この状況だと犬かクマか判断がつかない。大穴でサイということもあるかもしれない。
ベアだったわ。かわいいね。
やはりどう考えても腹が減っており、なぜならば早くに目を覚ましたからで、でも心配することはないのだ、私にはもう今日食べるものの準備がある! という強い気持ちで中華街へ向かいました。目的は中華ではなくシンガポールチキンライスです。なぜならシンガポールチキンライスが好きだから。中華も好きなので二つの気配を感じられて私は実にハッピーになる予定が十分にあった。
歩いていたらなんかよさげな門があったので入った。なぜならまだ焦るときではないから。私はシンガポールチキンライスを食べる場所を前日に調べていたから。excellent!!
フランス関係のなにかだったような気がする。領事館跡かな? ローズガーデンとは違った趣でなかなかよかった。鬱蒼としていて空間がなんかめっちゃでかい。
なんてったって風車があるもんね。
回ってたもんね風車。
なんとか女学院?だったかともかく女学院的な何かが関係している風車ということで、私にはとても感慨深かったのである。あじさいが枯れまくっていてとてもよかった。枯れているあじさいはよいね。枯れているひまわりの次によい。
歩みをすすめていると突然、崩壊した建物が現れた。どこにもつながらない階段があって登りたかったけれど紳士が近くで写真を撮っていたので上りはしなかった。
ラピュタだね。
ラピュタだね!!!!
ラピュタだ!!!!!!
強めの廃墟フェチの気があるので、紳士と場所を交換しながら、あー、いいね、いいよ、じつにいい! と思いながら写真をたくさん撮ったがそういう時の写真って興奮がまさっていて帰ってから見るとぜんぜんよくない。いい風景といい写真を撮るという行為はいつも同居しない。
外に出るといよいよ腹ペコだった。でも私には用意があったので歩いて中華街へ向かった。道に迷わないで生活できたことないのにさ、よく歩く気になるよね。なんなんだろうね、方向音痴の人ってさ、果敢だよね。たぶん心底では自分が方向音痴ではないと思ってるんだろうね。信じる気持ちが強すぎる。
めっちゃいい壁が急にあるんだよ。なぜなら横浜は世界でいちばんおしゃれだから。
いぬ。
この壁の中がはちゃめちゃにおしゃれな骨董屋さん? アンティークショップ? で、気がついたら店内に滑り込んでいて、あらあら、せっかくだしちょっとこの可愛らしいティーカップでもいただこうかしら、と思って値段見たら月給100万くらいないと気軽に変えない値段だった。マジでびっくりした。
私のバイト代で手の届くのは外国の古い古いキーホルダーだけだったけれども、さすがに安いだけあってすごくダサかったので三階までくまなく眺めて店を出た。
そろそろ本格的にシンガポールチキンライスを求める腹になっていたので、まっすぐにシンガポールチキンライスを食べさせてくれる場所に向かった。私にはグーグルさんがいるのだ。そう、たとえ、何度、裏切られようとも。
そうして私はシンガポールチキンライスを食べられなかった。
グーグルさんのいう「目的地です」の前には駐車場のような、免税店のような、なんだか曖昧なよくわからない建物があり、その店が潰れたことを私は諒解した。それを知ったときには当然の帰結だというような気もしたが、やはり私はシンガポールチキンライスが食べたかった。
目的を失ってしまい、なにを食べればいいのかてんでわからなくなった。中華街をさまようしかなかった。中華街はさまようには中華街すぎる。こういうことがあるので前日から食べるものを決めていたのだ。私は、自分の食べたいものがいつでもわからない。
お姉さんが熱心に「ここで食べればいい」というので、言われるままにそこに入った。入ったら横の席にいる用途不明の若者と中年の混合集団が大声で「ぎゃはは」と発声しており。「(ぎゃははって口で言ってる)」と思いながら、このような事態になってから飯屋でぎゃはぎゃは話すような人間をはじめて見た私はなんだかこの世のすべてが嘘らしくなってきて、マスクを外して水を飲んだが別になにも変わらなかったのであった。
シンガポールチキンライスに似ていると思って食べた油淋鶏は何一つシンガポールチキンライスと同じところが見つからなかった。鶏であることすら差異に思えたし、前のお客さんがお会計をしたあとに「謝謝!」と言われているのを発見して、これでチャラだ! と思って「謝謝」を求めて元気に会計をすませたのに「ありがとうございました~」と言われて悲しかった。
もはや私にはなんらの目的もなく、ただ未練だけが残っていた。かといって、横浜に私の身のおきどころはない。横浜という地を楽しむためには、ガイドを買って目的を決めて、どこへ向かうという作業が必要なのだ。
さまよう私を完全に見抜いていろんな人間が「これ買うよろし!」とものをすすめる。私は未練だけがあるために、断る強い理由がなく、目の前で栗を二倍にされて、これをお前は買うんだ、と言われて買った。断るための特別な理由がないだけで、欲しいという気持ちも勿論なかった。栗は震えるほど高かった。
でも美味しかったからチャラ! 皮をむくアクティビティーも楽しかったのでチャラチャラ!
そういうわけで変える前に東急ハンズに入った。もう東急ハンズくらいしか私の身の置きどころはない。というより東急ハンズも完全に観光なんだけれども、見知った文房具が置いてあるのでそわそわはしない。
ずっとずっと欲しかったインクを買った。深い翠色がすきなのである。北斎に対して特別な情感は持ち合わせていないが、強いていうなら絵がうまいよね。絵心のない私が見てもびっくりするほど絵がうまいなと思う。とはいえ私はどんな人のどんな展覧会に言っても「絵がうまい」という衝撃だけ受けるタイプの人間なので絵のうまさの詳細というのは、ちょっと、よくわかんないですけど。まじで、あの、絵がうまいのだ。
思った以上に時間を食って、思った以上に散財をしてしまって「栗、高かったな」という悲しみをたずさえ、今月はもう一銭も使わないようにしよう、と思いながら電車に揺られて家に帰った。いつでもどんな楽しい旅でも家に変えるときにはぐったりして意識が保てない。脳がもっと強ければな、と思う。
中華街にはこのパンダがたくさんあって、よっぽどやろうかと思ったのだけれどやなかったのは惜しかったなあと思いました。おわり。
あるか分かりませんが、サポートがあったら私はお菓子を食べたいと思います!ラムネとブルボンが好きです! あと紅茶!