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君たちは(公式からエロ同人誌を訴えられたら)どう生きるか


はじめに

※本件は私自身の実体験ではありません。

本件概要

事件番号 平成10(ワ)15575
事件名 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日 平成11年8月30日
裁判所名 東京地方裁判所

主 文
一 被告は、別紙物件目録記載のビデオカセットを製造、販売又は頒布してはならない。
二 被告は、別紙物件目録記載のビデオカセットの在庫品及びマスターテープを廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金二二七万五〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年七月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の 負担とする。
六 この判決は主文第三項につき、仮に執行することができる。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=13668

 本件は「本件は、コンピュータ用ゲームソフトについて著作権を有している原告が、被告に対し、その主要登場人物の図柄を用いてアニメーションビデオを制作した被告の行為が、著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するとして、右ビデオの製造、販売及び頒布の禁止、右ビデオの廃棄、損害賠償並びに謝罪広告を請求した事案」です。
 対象となっているゲームソフトというのは「ときめきメモリアル」です。著作権関係で「ときメモ事件」というと、本件とは別のメモリーカード改造事案を指すことが多いので、ここでは一般的な呼称に準じて「ときメモアダルトアニメ映画化事件」と呼ぶことにします。
 事実関係は以下のとおりです(細かいところは適宜省略してます)。

・原告(コナミ株式会社)は原告は、コンピュータ用ゲームソフト及びその他のアミューズメント機器の製作、販売等を業とする会社である。
・被告は「S」という名前(判決文にはそのまま記載)で活動する同人作家。
・原告は「ときめきメモリアル(以下「本件ゲームソフト」)」の著作権、著作人格権を有している。
・被告は、原告に無断で本件ゲームソフトの主要登場人物である藤崎詩織の図柄(以下「本件藤崎の図柄」)を用いたアニメーションビデオ(以下「本件ビデオ」)を制作し、平成9年1月ころより秋葉原のメッセサンオー本店にて一般客向けに販売した。

 この「本件ビデオ」が、いわゆるエロ同人アニメなわけです。ただ、ソフト名もキャラも似ているけどそのものではない、どちらかというとパロディAVみたいなものです。
 争点は以下の通り。

(1)本件ビデオは、著作権、著作者人格権を侵害するか。
(2)損害額はいくらか。
(3)謝罪広告は認められるか。

 原告、被告それぞれの主張は判決文を参照いただくとして、争点に対する裁判所の判断をまとめます。

一 争点1(著作権及び著作者人格権侵害の成否)について

1 著作権侵害について
 本件ゲームソフトにおいては、女子高校生である藤崎詩織が主要な登場人物として設定されている。本件藤崎の図柄は……独自の個性を発揮した共通の特徴が認められ、創作性を肯定することができる。
 他方、本件ビデオには、女子高校生が登場し、そのパッケージには、右女子高校生の図柄が大きく描かれている。……本件ビデオに登場する女子高校生の図柄は、本件藤崎の図柄を対比すると、その容貌、髪型、制服等において、その特徴は共通しているので、本件藤崎の図柄と実質的に同一のものであり、本件藤崎の図柄を複製ないし翻案したものと認められる。
 したがって、被告が本件ビデオを制作した行為は、本件ゲームソフトにおける本件藤崎の図柄に係る原告の著作権を侵害する。

2 同一性保持権侵害について
……本件ビデオにおいては、藤崎詩織の名前が用いられていないが、①本件ビデオのパッケージにおける女子高校生の図柄と、本件ゲームソフトのパッケージにおける藤崎詩織の図柄とを対比すると、前記認定した共通の類似点がある他……細部に至るまで酷似していること、②本件ビデオのパッケージにおける「どぎまぎイマジネーション」というタイトルの選択、各文字のデザイン及び色彩、青い波形の背景デザインなど、本件ゲームソフトのパッケージにおける各部分と類似していること、③本件ビデオにおいて、「本当の気持ち、告白します。」と表記され、本件ゲームソフトとの関連性を連想させる説明がされていること等の事実から、本件ビデオの購入者は、右ビデオにおける女子高校生を藤崎詩織であると認識するものと解するのが相当である。
 以上によると、被告は、本件ビデオにおいて、本件藤崎の図柄を、性行為を行う姿に改変しているというべきであり、原告の有する、本件藤崎の図柄に係る同一性保持権を侵害している。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=13668

「二次創作は著作権侵害」か

 本件では著作権として複製権と翻案権、著作者人格権として同一性保持権の侵害が問われました。
 名前こそ変えているが明らかにときメモというゲーム、藤崎詩織というキャラクターに寄せており(判決文に資料の添付がないので画像はここに掲載しませんが、検索すれば見つかります)、しかも本件ゲームソフトでは登場しない性的行為を描くことが、同一性保持権の侵害に当たるとしています。
 ちなみにですが、ここで「被告は、同人文化の一環としての創作活動であり、著作権法違反は成立しないと主張するが、採用の限りでない。」と一蹴されているのは興味深いところです。「原作に敬意があるなら二次創作は問題ない」などと言われることもありますが、少なくとも裁判においてそれは通用しないということです。
 これにより、本件ビデオの製造差し止め及び廃棄も認められています。

 この判断については「ですよねー」と言うしかなく、「二次創作は違法行為」というのは、確かにその通りなのかも知れません。
 次の争点も見てみましょう。

二 争点2(損害額)について

1 著作権侵害による損害
 被告は、本件ビデオを販売用に五〇〇本制作し、一本当たり一四〇〇円の卸価格で小売店に販売したので、販売総額は七〇万円となること、被告は、動画、原画、彩色の各担当者、声優及び監督へ人件費として二〇万円、複製費用として一七万五〇〇〇円(一本当たり三五〇円)、包装等の諸雑費として五万円の合計四二万五〇〇〇円を支出したことが認められ、したがって被告が本件ビデオを販売することにより得た利益額は二七万五〇〇〇円になる。被告は、本件ビデオを制作するために、パソコンを増設したり、アニメーション制作用のソフトを購入する必要があった旨主張するが、右費用は、本件ビデオ制作のためだけの費用と解することはできないので、控除するのは相当でない。
 以上のとおり、原告に生じた損害額は、被告が本件ビデオ販売により得た利益額二七万五〇〇〇円と同額と推定できる。

2 同一性保持権侵害による損害
 本件ゲームソフトは平成一〇年三月に一二〇万本の販売実績を上げ、ヒット商品として好評を博したこと、原告は、平成七年に、本件ゲームソフトにより、日本ソフトウェア大賞のエンターテイメントソフト部門優秀賞やその他の賞を多数獲得したこと、登場人物である藤崎詩織に対する人気も高まり、平成七年ころのコンピュータゲーム誌上におけるゲームキャラクター人気投票で、藤崎詩織が一位に選ばれたこと、二次的著作物として、藤崎詩織を仮想アイドル歌手としたCDが発売されたり、登場人物のイラスト集やその他の関連商品が販売されたり、実写映画が上映されたり、小説が刊行されたりしたことが認められ、右経緯に照らすと、本件ゲームソフトにおいては、登場人物である藤崎詩織の優等生的で、清純な、さわやかな印象を与える性格付けが、本件ゲームソフト及び関連商品の売上げ及び人気の向上に大きく寄与していると解するのが相当である。
 ところで、被告の同一性保持権侵害行為の態様は、前記のとおり、清純な女子高校生と性格付けられていた登場人物の藤崎詩織と分かる女子高校生が男子生徒との性行為を繰り返し行うという、露骨な性描写を内容とする、成人向けのアニメーションビデオに改変、制作したというものであり、被告の行為は、原告が本件ゲームソフトを著作し、その登場人物である藤崎詩織の性格付けに対する創作意図ないし目的を著しくゆがめる、極めて悪質な行為であるということができる。
 そうすると、本件ゲームソフトの内容及び被告の行為の態様が前記認定のとおりであること、被告の行為によって受けた原告の信用毀損は少なくないと解されること等一切の事情を総合考慮すると、被告の改変行為により生じた原告の無形損害を金銭に評価した額は、二〇〇万円と解するのが相当である。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=13668

「著作権」と「著作者人格権」の損害額算定について

 ここでは上記の侵害により、具体的にどれくらいの損害を与えたか、損害賠償はいくらになるかが判定されます。
 面白いなと思ったのは、著作権(翻案権)侵害による損害は、「売上」ではなく「利益」で算定されるということです。製作経費を差し引いた利益だけが損害であり賠償額となるようです。他人に頼まないで全部自分で作っていたらもっと多く算定されたのかも知れません。なんか釈然としませんが。

 一方著作者人格権に対する侵害額は売上や利益とはあまり関係ないようです。
 周知の通りときメモは大ヒットし、「藤崎詩織を仮想アイドル歌手としたCD」を販売するなど、現在では当たり前のように行われている「キャラ売り」の元祖みたいな存在です。(ちなみにこのCDは私も持っています。村下孝蔵が書き下ろしで楽曲提供しているのが感慨深いです)
 そういう状況で、清純キャラとして売っている藤崎詩織を性的に改変されるとイメージが毀損され、権利者に損害を与えるというわけです。
 そんなわけで合計227万5000円(+訴訟費用の3分の1)が請求されました。
 原告は大手新聞に謝罪記事を載せるようにも請求していましたが、これは棄却されています。

改めて「二次創作はグレー」なのか

 上記の判決文から見るに、原作を翻案している二次創作は、著作権(翻案権)を必然的に侵害する、と言ってもよさそうです(色々細かい条件はありますがそれだけで一つの記事にできるくらい長くなるので割愛)。

 一方で、著作者人格権を侵害するかは、判断の余地がある、つまり「グレー」と言えそうです。
 本件では著作者人格権のうち「同一性保持権」が争われています。同一性保持権は「著作者は……その意に反してこれらの……改変を受けないものとする(第20条第1項)」と定義されており、いかなる改変も侵害になるのではなく、「意に反する改変」のみが該当します。
 何が「意に反する」なのかは様々な状況、背景によりますが、例えば権利者が二次創作ガイドラインを定めている場合は、そのガイドラインを逸脱すれば該当しやすくなると言えそうです。
 従って、権利者が二次創作ガイドラインを定めていて、その範囲内で二次創作を行った場合は、著作権(翻案権)は侵害したとしても、著作人格権(同一性保持権)は侵害していないことになりそうです。

君たちは(二次創作作家として)どう生きるか

 そうは言っても二次創作は好きだし続けたいよな……と考えた時に、私は何に注意していこうかという話です。

1 利益を出さない

 Web上で無料で公開する場合、売上が発生しないので上記「1 著作権侵害による損害」がなく、著作権(翻案権)侵害の損害認定がされない可能性があります。ただしtwitterの収益化やfanbox有料コースへの誘導をするとそれが売上に該当するかも知れませんので、注意します。
 同人誌として頒布しても、利益が出なければ同じことです。印刷費、イラスト発注費などで赤字になるよう調整します。表紙イラストなど誰かに有償依頼する場合は、領収書などもきちんと残しておきます。
(そもそも利益出るほど売れた実績も見込みもない、という厳然たる事実はひとまず横においておきます)

 余談ですが、従来の紙の同人誌ではここが問題になりにくかった(大半が赤字かトントン程度と言われている)のですが、電子オンリーの同人誌やパトロンサイトの場合は認定される経費が少なく、翻案権侵害による損害認定が大きくなる可能性があるので気をつけよう、という話があります。
 あと同人グッズの場合は、著作権ではなく不正競争防止法など別の法律で訴訟になる可能性があり、その場合は翻案権のように「侵害者の利益」ではなく、「被侵害者が得られるはずだった逸失利益」が算定根拠になるなどして高額請求になりやすいので危ないよ、という話です。

2 公認、公式と誤認されないよう対策する

 著作者人格権の侵害に対しては無料や赤字でも賠償が発生します。本件判決を見ても翻案権侵害による被害額より同一性保持権侵害による被害額の方が桁違いに大きいです。
 本件では「藤崎詩織の優等生的で、清純な、さわやかな印象を与える性格付けが、本件ゲームソフト及び関連商品の売上げ及び人気の向上に大きく寄与していると解するのが相当」、「藤崎詩織の性格付けに対する創作意図ないし目的を著しくゆがめる、極めて悪質な行為である」としています。

 ここで別の判例からこの点について検討します。
 令和3(ワ)11118損害賠償等請求事件(東京地方裁判所)、艦これの運営であるC2プレパラートが誹謗中傷的な内容を含む同人誌を発行した同人作家を訴えた裁判です。この件には著作権が登場せず、パブリシティ権、肖像権、名誉感情の侵害として民法で争っています。詳細は割愛しますが、非常に侮蔑的な内容の同人誌のクレジット表記に「SPECIAL THANKS」として原告らの名称が明記されることで、原告がそのような内容の同人誌を積極的に容認したと誤認させ、「自ら管理するコンテンツである本件キャラクターに対する愛着や敬意の乏しい企業として、その社会的評価が低下すると見るのが相当」と判断されています。
 判決文全体としても、「低俗な同人誌を発行したこと」それ自体よりも、「そんな同人誌を公式が積極的に容認したと誤認させること」に重きが置かれているような印象です。

 「ときメモアダルトアニメ映画化事件」はもう20年以上前で、現在よりも同人誌というものの社会認知度はずっと低かったはずです。メッセサンオーという「オタク御用達」の店舗とはいえ常時営業する店舗で販売されることで公式と混同される蓋然性は高かったと認定されたのかも知れません。(個人的にはそれは当時でもどうかなという印象はあります。おそらく今ならば、同人誌即売会や専門店などで同人誌として販売される限りは、それだけで公式と混同されるリスクは低いと思います)
 「この同人誌は公式とは一切関係ありません」などの記述や、全ページにタイトルを入れておく(あるページだけが切り抜かれて拡散されても、作者の情報が辿れる)ことで、公式に誤認される(と裁判で認定される)リスクは下げられると考えています。

結び

 ここで紹介した案件が二次エロだったので表題にもそう記載していますが、原理的には全年齢でも同じことが起こり得ます(ドラえもん最終回事件とか)。あとなんか勢いで「君たち」という主語にしてしまいましたが、私が心がけているというだけで、他の人に強制、推奨するものではありませんし、この通りにしたからといって訴えられないとか、損害賠償を低く抑えられるという保証はありませんので、各自の責任において判断しつつ、読み物として楽しんでいただければ幸いです。

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