空を見上げて口を開け続けていたら、棚からぼた餅が降ってきた話

 報告を兼ねた長めの日記とお礼を書こうと思う。最初は六年以上前の話から。六年! むかしむかしあるところに……から書き始めてもいいぐらいだ。

 高校三年生の夏。高校の行事の一環でアメリカ研修旅行に行って、体験記みたいなものを書いた。研修の引率をしていた英語の先生に「あんたは文章が上手だね」と言われ、どうやら自分は文章が上手らしいと知った。言われてみれば、ずっと国語と英語だけ妙に成績がよかった。
 普段は授業中に寝たり、配られたプリントを全部ロッカーに溜め込んで崩壊させたり、体育教師に目の敵にされたり、とにかく怒られることのほうが多い生徒だったので、珍しく褒められたその記憶は今でも残っている。

 そこで妙な自信をつけた僕は、今度は高校三年生の秋から冬にかけて、小説だか何だかよくわからないものを書いていた。運動会も終わり、受験勉強に本腰を入れないといけない時期。とにかく勉強から逃げたくて全力で書いた(当然、第一志望校には落ちた。勉強したくなかったが故に浪人もしたくなかったので、なんとか滑り込めた第二志望にそのまま入学することにした)
 ペンネームなんて持っていなかったので、書き上げたものは学校の雑誌に実名で出した。みんなが教科書で読んだことのある小説のパロディ。目の前で読まれると顔から火が出るくらい恥ずかしかったけれど、いろいろな人に読んだとか面白かったとか言われると大層うれしくなった。どうやら自分にはそれなりに面白い文章が書けるらしいと知った。

 大学生になったら文芸部に入ろうと決めていた。本当は中学の頃から文芸部には興味があったし文芸部自体は高校にもあったのだけど、入部はしなかった。所属していた卓球部は兼部禁止だったし、そもそも同学年に部員が一人もいなかったし、文芸部の顧問の先生は親戚だったからだ。

 いざ大学生になって文芸部に入ると、自分より上手で面白い文章を書く人たちが当たり前のように存在していた。世界は広かった。とはいえ、そこで絶望して筆を折ったりとかそういうありがちな挫折はしなかった。
 自分が井の中にいたことを知り、少し肩の力が抜けた。それだけだ。そのあとは自分が面白いと思う小説を勢いに任せて書いたり、ふざけた同人誌を作ったりしていた。なにしろ勢いで書くので年に四回しか出さない部誌には到底収まらなくて、インターネットの小説投稿サイトを使い始めた。そんなことばかりやっていたら単位を落として危うく進級できなくなるところだった。

 そうして過ごした六年間の大学生活も終わりに近づこうとしている。
 いろいろなところに短い小説をたくさん書いた。紙の本としては大学の文芸部の部誌、所属している文芸サークルで出した同人誌、アンソロジーや合同誌、自分で出した同人誌。紙には印刷していないけれど小説投稿サイトにアップだけしているものもいくつかある。

 さて、その中のひとつに新型ウイルスの大流行で人類が滅びた未来の話がある。一万字ちょっとの短編。地球で唯一生き残った男と月で唯一生き残った女が文通を始めるという大雑把にロマンチックなストーリーで、書いてから三年ぐらい経つけど今でもお気に入りのひとつだ。

 きっかけは『空』をテーマにした数十人規模の合同誌に応募したことだった。空がテーマの短編、空、空……空といえば月……月といえばロケット……ロケットといえば文通(??)と思いつくまま一気に書き上げた。完成品はコミティアとかの巨大なイベントで頒布されて、なにしろ装丁も内容も素敵なのでたくさんの人に読んでもらえたようでうれしかった。

 しばらく後、それを加筆訂正して小説投稿サイトに載せた。
 サイトに載せるというのは、不特定多数に公開するという目的の他にストレージとしての役割もある。もし自分の手持ちのデータが飛んでもサイトをバックアップとして使えるからだ。もはや自分の中ではストレージとしての役割がメインのような気がする。忘れた頃に感想が来ることもあるけど、まあ、あんまり期待しておくものではない。

 書いてから三年。
 サイトに載せてからは二年。
 たまに読まれて「オッ読まれてるな」と思う以外特に音沙汰のなかった作品だけど、ある日突然投稿サイトの運営からメールが来た。びっくりした。内容を確認してもっとびっくりした。編集者さんから「今度出す本に載せたいのですが、いいですか?」だって。大変びっくりした。ちょっと詐欺じゃないかと疑ってドメインを確認したり、文末の署名で検索かけたりもした。

 何度かのやりとりを経て、こちらこそお願いしますという感じの返事をした。

 自分の書いた小説が本に載るんだ。自分の作品を含めて七つの短編が収録されるらしい。他の作品はどれも小説投稿サイトで自分より一桁多い数の高評価を獲得しているものだったので、なんだか場違いに思えた。とはいえ選ばれたのだから胸を張るべきだろう。胸を張ろう。むん。
 同人誌や自家製本ではない、一般に流通する本に載るのは本当に初めてのことだ。本屋に並んでいるところを想像しようとしたけど、なんだかうまく想像できなかった。
 校閲や修正の手順もすべてが新鮮で、参考になった。次に自分で本を作るときは今までより上手にできるかもしれない。

 そんなこんなで原稿の修正などのやりとりを終えて、情報が解禁されて、あっという間に発売日が近づいてきた。
 来週だってさ。もうすぐだ。
 家に見本が届くまでは信じられなかった。実物を見てようやく実感が湧いた。見本は三冊届いたので一冊は実家に置き、一冊は手元に置いておくことにした。もう一冊の置き場所を今もまだ悩んでいる。
 過去に作家デビューした部の先輩を見習って、サインして部室に置いとこうかとも考えた。けど、これはあくまでも「自分の作品も載っている本」であって「自分の本」ではないので、なんだか恥ずかしい。七作品のうちのひとつが自分のだから、サインも七分の一だけなら書いても許されるだろうか……?

 つらつらと書いてるうちに話が逸れてきたけど、この日記の目的は感謝だ。

 僕は文章を趣味で書いている。書かなければ死ぬ病気とかそういうわけではない。ゲームのほうが手軽で面白い。漫画を読んでいるほうがわくわくするし楽しい。書くのはいつでもやめられる。でもやめなかった。サボりつつのんびり書き続けてきた。それは読んでくれる人がいたからだ。
 僕の作品を一度でも読んでくれた人、読むだけでは飽き足らず感想までくれた人、僕の作品を他人に薦めてくれた人、ファンアートなるものを描いてくれた人、僕の作品を漫画にしたいと申し出てくれた人(!?)、僕の作品を朗読して動画投稿サイトに載せてくれた人(!?!?)、いろいろな人がいた。小説を書いているのを馬鹿にされたことなんて、本当の本当に一度たりともなかった。なんという幸せ。なんと恵まれた境遇。おかげでここまで書いてこれた。そうしたら、さらなる幸運が降ってきた。

 実力だけで勝ち取ったとは思っていない。前述したとおり評価の数は一桁少ないし、ランキングに入ったりしたわけでもない。新型ウイルスを扱った内容が今の世相と微妙に被っていること以外、特に理由らしい理由が思い当たらない。
 だからこの作品が編集者の方に発掘されて本に収録されることになったのは、本当に、幾重にも重なったラッキー以外の何物でもないと思う。だけど、幸運の女神には前髪しかないというのもまた事実だ(これは別に女神がハゲているという意味の諺ではないぞ)。棚からぼた餅が雨霰と降ってきていても、下を向いていたらキャッチできない。上を向いて書き続けてきたからこそだ。

 だから感謝をしている。たくさんの人のおかげで、自分の力だけでは到底叶わないような体験をさせてもらえました。ありがとうございます。

 まだ発売されていないのに、けっこう満ち足りた気分だ。
 たくさんの人に、もう、じゅうぶんにお世話になった。ここからさらに「お金を出して購入して読んでくれ」なんて言うのは厚かましいかもしれないけど、でもせっかくだから本屋や電書サイトで見つけたら読んでみてほしいなと思う。他の六作品は当然として、僕のもたぶん面白いから。

 あ、もちろんAmazon以外でも買えるよ。

 それから、もうひとつ。声を大にして(文字を大にして?)言っておきたいことがある。するか。文字を大に。

 無理に買ったりしなくていいです。本当に。例えば以下のような

・買わないと薄情に思われるかな……

・知り合いだし一応買っとくか……

・買って感想言わないと恨まれそう……

などの理由で1,100円も財布から飛ばされると申し訳なさで死んでしまいます。もちろん読みたかったら買って読んでみてほしいし、それはとても嬉しいことだけど、読みたくないのに買う必要は一切ないです。そこだけご留意ください。大事なことだからね。


 以上。読んでくれた人、読んでくれてありがとう。では。

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