音楽の釈義 #5 Pino Palladinoの目盛り
#5 Pino Palladinoの目盛り
『音楽の釈義』第五回はウェールズ出身のベーシスト、Pino Palladino。(画像右:Pino Palladino、左:Blake Mills)
▼奇抜な目盛り
"Chicken Grease"を聞いてみよう。クロック信号としてのハイハットを基準に弱拍にクラップ、弱拍の後に小刻みのキックが置かれる。Gt.は簡単なフレーズを繰り返すことでD'Angeloの甘美な歌声を際立てせている。そこにPino Palladinoのキャッチーなリズム(Ba.)が怠さを纏いながら加わる。Pinoには絶妙なグルーヴを生みだすレイドバック(遅れて演奏すること:怠さ)を行うだけの精緻なタイム感があり、彼が演奏する数音は(リズムというマクロな時間、レイドバックというミクロな時間の双方において)音楽という時間芸術にとって奇抜な目盛りを刻む。まさにブラックミュージックらしい音楽への貢献だ。そして、この技術は亡き天才ビートメイカーJ Dillaの感性をパッドから生楽器へと持ち込んだD'Angeloによるもので、そのレイドバックサウンドを見事にBa.で実現した男こそPinoなのである。
▼アバンギャルドの彼方にいる野生
2021年に発表されたPino PalladinoとBlake Millsによるマスターピース"Notes With Attachments"は私の中でBEST5に入るお気に入りのアルバム。このアルバムはプリミティブ:原始的なサウンドを極め続けたアバンギャルドの彼方にあり、自らを動物であると内省しつつ、野生を遺憾無く芸術へと昇華させたような作品。理性という計画性を野生の荒っぽさで覆い隠しているのか、参照元の分からない独創性を感じる。アートがカルチャーという集合体から脱却して奇抜なアイデンティティを獲得するとき、その作り手は孤独を嘆く野蛮人になっているかもしれない。
PinoはD'Angeloの右腕として数々の名プレーを残している。以下D'Angeloの最新作"Black Messiah"を聞いて、彼の存在により曲が気持ち良く歪み出すのを体感してほしい。