賭博卒業録エコダ 第一話「XRD」

 C大学理学部麻雀学科、それは日本で唯一の麻雀が学べる学科である。入学者はみな選りすぐりの麻雀エリートであり数多くのプロ雀士、雀荘メンバー、裏プロ(マンションで高レートのアブナイ麻雀を打ってるひとのこと)を排出する。幼少期から牌に触れ続け血のにじむ訓練と無数の牌山を積んだもののみが入学を許されるまさに最高麻雀学府なのだ!そんなC大学にも落ちこぼれがひとり。
「あーあの雲、白みたいだぜ」
彼の名はエコダ。若くして麻雀を志すも大学まで来て牌山を積んでは崩すことに疑問を感じ日がな地球科学ばかりやっているダメ学生である。これはそんな彼が取得単位0の状態から一日で卒業する物語。
 ある日のことだった。彼の元に大学から一通の手紙が届く。
『エコダ君 C大学学務係です。明日までに卒業要件である30000単位を取得しなければ放校とします。』
なんてことだ。日がな巡検に行き石を取り薄片を擦って観察という日々を過ごしているうちに彼の大学に在学できる年数はついに上限に達してしまったのだ。言わずもがな放校された場合彼の未来は暗い。地球科学なぞという学問は廃れて久しくかといって雀士をやろうにも学位の無い彼を代打ちに雇うような組織は無いだろう。もう残る未来はカニ漁船のみである。その時、ボロアパートの入り口に人影が!
「エコダ君あきらめちゃだめだ!」
岩石鉱物学研究室のH川先生だ。彼はつい先日エコダが弟子入りした謎のおじさんで同じ地球科学を志す同士であった。趣味は怪しいメカいじり。
「君はまだ卒業できる!」
「な、なんだってー!?」
どこから用意したのかH川先生が理学部の履修要綱を開いて見せる。
「この"麻雀学実習Ω"で単位を取ることが出来れば一発逆転可能だよ!」
麻雀学実習Ω、エコダにもその悪名は届いていた。曰く、死人がでた。曰く、取得単位数がマイナスになった。曰く、オーラスで河に魔法陣が描かれ悪魔が召喚された、などなど。
「だが先生、"麻雀実習Ω"を履修するには最低でも25000単位必要だって噂だぜ。俺は今トビ放校寸前の0単位。そもそも履修要件すら満たしていないんだぜ?」
「安心したまえよエコダ君。私の博士号を担保にちょうど25000単位貸りてきた。麻雀の原則に従って30000単位返しだけどね。あとは学務に行って履修登録するだけさ。麻雀学科の教授陣は狂人揃い。きっと午後には勝負が立つだろうよ。」
仮に25000単位が揃っていたとしても麻雀の悪魔と契約していると噂される教授たちに勝つのは容易ではない。しかしH川先生はただ「秘策がある」とだけ言ってエコダを大学の敷地の北部にある青空闘牌場へと導くのだった。
 卓はたった。面子は麻雀リモートセンシングのⅠ江先生、麻雀堆積学のⅠ藤先生、麻雀地震学のS藤先生である。エコダが地下闘牌場に足を踏み入れた時既に三人は着席していた。エコダは一瞬卓に着くのを躊躇した。三人の教授に囲まれた最後の席は地獄の門の先にあるような禍々しいオーラを放っており、そしてそれは決して見間違いなどではなかった。死地に赴くエコダ。彼の卒業は地獄の釜の底にしかないのだ。運命の激闘が今始まる。
 四角く並べられた牌から東南西北の四種が裏向きに混ぜられ、それを一人ずつ引く。席決めだ。
「東。私が親ですネ。」
とS藤先生。
「南家はオデなんだな。」
とⅠ江先生。
「僕が西家、キミの上家だねぇ~。」
とⅠ藤先生。
「そしてラス親が俺か。」
エコダは自分の命運を示す北の牌をしみじみと眺めた。東南西北の四種の内たった一つの勝利の牌。それを自分が掴んだのか、はたまた逃したのか。それは彼には分からなかった。
 卓は全自動卓ではなく手積みだった。したがって四人で麻雀牌をなるべくランダムになるようにジャラジャラと混ぜていく。しばしの間。そしてS藤先生がぼそぼそとつぶやく。
「エコダ君、全自動卓が主流となっているこの21世紀になぜこの麻雀学実習Ωでは手積みで麻雀を行うのか分かりますかネ?」
「知らん。あんたがたの中に心臓にペースメーカーでも入れている奴がいるのか?強い磁力を伴う全自動卓はペースメーカーに異常をきたす可能性があるからペースメーカー使用者は卓に着くことができなかったはずだ。」
「うーん0点ですネ。正解は機械に”命”なぞ賭けられないから、ですネ。」
「い、命…??」
「あら、エコダ君はなーんにも知らないんですネ。君、この麻雀に命がかかっていることに気づいていないんですか?」
「何を馬鹿なことを言っている…!麻雀に命だ?確かに俺はこの実習に必要な25000単位を借金して参加している。負けたら返済の義務を負うが命まで賭けたつもりはないぜ!」
「ククク、まったく馬鹿に付ける薬はないですネ。教えてあげますが君の25000単位、貸し付けたのは他でもないこの私ですネ。君が懇意にしているH川先生、彼が担保にした博士号では実は足りないんですネ。なぜかって?地球科学はもうとっくのとうに廃れた学問ですからそんなものあっても何の足しにもなりゃあしないんですネ!ククク、驚きましたか?でも驚くのはまだ早いですネ。君は負けたら借り入れた単位を返済するためにカニ漁船に乗ってもらいますネ。おそらくは一生ネ…。哀れですネー。極寒のオホーツク海でせっせとカニ取り。仕事が終われば麻雀の強者でもある漁師たちから絞りに絞られその日稼いだ銭を失う。それを君は一生繰り返し二度と大地を踏むことなく死ぬのですネ!あぁ私は君のようなダメ学生を何人も地獄送りにしてきましたよネ!」
なんてことだ。衝撃の事実…!そこでH川先生からインカムが入る。
「エコダ君、黙っていて済まない。S藤先生の言っていることは全て本当だ。下手に君に真実を伝えれば重荷になってしまうと考えて伏せていたがどうやら最悪の形で伝わってしまったようだ。」
「気にすることはないぜ、H川先生。人の人生を左右する麻雀。奴だってそれ相応のリスクを負っているはずだ。ようは勝てばいいだけの話だ。なにも変わっちゃいないのさ。奴をケチョンケチョンにして逆にオホーツク海に送り込んでやる!それよりこの戦いに挑むにあたって用意した秘策ってなんだい?」
「実はねエコダ君、私の秘蔵のメカをこの戦いに持ってきたんだ。私は君が座っている卓から100m離れた茂みの中に隠れていてそこから君の麻雀を援護するというわけなんだ。」
「秘蔵のメカっつったって先生のは地球科学の機械だろ?麻雀に役に立つとは思えないぜ。」
「無論地球科学の機械さ。その名もXRD。略さず言うとX‐ray diffraction。この機械は管球と呼ばれる特殊な電球からサンプルにX線を照射してその反射からサンプルに含まれている結晶の格子面間隔をピークとして測定するんだ。今回はこの機械を麻雀用に改造した!牌山や相手の手牌にX線を照射して牌固有のピークを得ればその牌が何か透けて見えるも同然ってわけなんだ。」
「そいつはすげぇぜH川先生!そのXRDさえあればこの卓上に見えない場所は無えってわけだ!」
「いや、実はそうでもないんだ…。XRDに使う管球の耐久地が低くてね…。おそらくX線の照射をできるのは半荘に三度が限界だろう。」
「なんだって?そりゃまた使えるんだか使えないんだかよく分からん機械だなあ。まあやってみるしかないか!」
そこでI江先生から声がかかる。
「エコダ、おしゃべりはほどほどにするんだな。さっさと始めるんだな。」
「悪かったな!さぁ始めようぜ!」
 

 東一局0本場。エコダ命運を分かつ配牌はいかに。
🀈🀙🀚🀛🀜🀜🀝🀝🀞🀟🀠🀀🀀
来た…!筒子の混一色一向聴…!東を鳴ければ3900点だし34569pを鳴いても2000点の速い手だぜ…!
そして親の第一打。
ドン!!!!!!
ものすごい強打である。
「フン、いい音ですネ。」
「うるさいだけだぜ!」
S藤先生の威圧的な麻雀にのまれてはいけない。俺は俺の麻雀を打つだけだ。そして三順後、I藤先生打5p。
「ポン!」
そして残ったのがこの牌姿。
🀙🀚🀛🀜🀜🀞🀟🀠🀀🀀
この麻雀、ただ勝つだけでは駄目。もちろんチーをして369pの三面張にした方が待ちは広いが今は点が欲しい。幸い速度では負けてないから役牌の東の受けが残るようここはポン一択!4pと東のシャボ待ち!
ドン!!!!
S藤先生が強打しつぶやく。
「東はきれませんネ…」
「”!?”」
エコダはS藤先生の恐るべき麻雀センスに震えた。彼は一度のポンと三つの捨て牌から混一色の気配を察知し危険牌である東を感じ取ったというのか?そんなことが可能なのだろうか?彼の異常に強い打牌音も気になる。もしかしてあの強打に秘密があるのでは?東は抑えられた。しかしまだアガれないと決まったわけではない。当たり牌が他家から出なくてもツモりさえすればいいのだ。しかしエコダ、ツモれず。ツモれず…。ツモれず…。三順を無駄にしたところで、
「リーチですネ。」
S藤先生からのリーチが入る。
「ポンだねぇ~。」
I藤先生も押している。濃厚な聴牌気配だ。そしてツモり牌を切る。一枚切れの字牌ならば通るか…!?
「ロン。立直七対子、4800点ですネ。」
🀈🀈🀋🀋🀜🀜🀡🀡🀕🀕🀀🀀🀂
なんてことだ。エコダの当たり牌は全てS藤先生の手牌の中で使われていた。つまりエコダの待ちは完全に読み切られていたことになる。これが教授クラスの麻雀なのだ…。瞬間エコダの脳裏にこれから一生を過ごすかもしれないオホーツク海の波しぶきがちらつく。カニ漁船の搭乗員たちを猛烈に叩きつける塩辛く冷たい地獄のしぶき。それはまだ卓に付くエコダに、避けられない運命として確かな質量を持って近づいて来るのだった。
 
 東一局1本場。暗雲立ち込めるエコダの元に訪れる牌たちはその現実を表しているかのように悪い。
🀇🀋🀠🀐🀐🀑🀓🀗🀘🀘🀂🀃🀃
くそ。なんて手牌だ。同じ混一色でもさっきとはえらい違いだぜ。純粋なシャンテン数の違いもあるが数牌も上下の連結が取りがたく厳しさを感じさせる。せめて19s北あたりを鳴くことが出来れば話は変わってくるが…。
ドン!!!!ドン!!!!!ドン!!!!!S藤先生の強打が続く。そして三順後この形。
🀉🀋🀐🀐🀑🀒🀓🀗🀗🀘🀘🀃🀃
せめて鳴くことが出来れば…、そう考えていた時だった。H川先生からインカムが入る。
「分かったぞ、エコダ君。今S藤先生の論文を読んでいたんだがねぇ、どうやら彼の専門は麻雀地震探査らしい。雀卓上に小さな地震計を複数設置し強打を繰り返すことによって人工的に地震を発生させその屈折から相手の手牌の内部構造を明らかにしていたんだ!つまり彼の仕掛けた地震計が雀卓のどこかにあるはずだ。それを破壊すれば地震探査を止めることが出来るぞ!」
「な、なんだってー!?」
しかし卓上にそれらしきものは設置されていない。当然だ。卓上は全員の目が行き届いて細工をする余地はないだろう。となると地震計が設置されているのは…。
「あった地震計だぜ!」
エコダが卓の下をのぞき込むと台座に針が付いたような妙な器械が四つ逆さになって張り付いていた。エコダはそれを雀卓からもぎり取ると力の限り握り潰した。
「し、しまった!私の地震計が!」
「フフ、何を焦っているんだ?アンタの番だぜ。早く牌を切りな!」
「こ、ここですかネ…?」
「ポン!」
「あわわわ…!」
「ポン!」
「な、何も聞こえない~~~!!!」
「ロン!北混一色、よく見たらドラ3で12300だ!」
前局の負けを取り戻し一躍トップに躍り出るエコダ。S藤先生はがっくりとうなだれていた。地震計を失っても普通の麻雀をすることはできる。しかし彼の心は既に再起不能だった。ここから一生麻雀をしたって彼がエコダに麻雀で勝つことはないだろう。
「にしても面白いぜS藤先生、機械に命を預けられないなんて言ってたアンタの麻雀がまさか機械頼みだったなんてな!」

 次局、「麻雀衛星リモートセンシング」に続く!


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