完璧な日曜日 ハッピーなバースデーとチョコレート味
快晴。
沸かしたてのお湯。熱々のコーヒー(あるいは紅茶)。
風になびくシーツ。ほどよい風。
散歩する犬。日向ぼっこする猫。駆け回る子どもの歓声。
のんびり散歩する老夫婦。
ベンチで昼寝するリーマン。
そう言った平和を象徴する、ありとあらゆるものが失われる前日のことである。
日曜日のカフェ。窓際の席を陣取り、モーニングを注文した後、早峰は言った。
「完璧な誕生日には、城島が不可欠だ」
城島、つまり俺は答えた。
「俺に誕生日をお祝いして欲しいって話? おっけー、歌うぜ。ハッピバースデーはやみねーー、ハッピバースデーはやみねー!! はっぴばすでぇ、でぃーーあ、はやみ……」
ドォオオオオオン、という轟音とともに地響きが起こった。
爆風で窓枠がミシミシ音を立てて、今にも壊れそうだ。そう思った時には、割れた窓の破片が俺に向かって飛んで来ていた。
早峰がサッと立ち上がって、破片を全て高性能バリアーで防ぐ。
「おわ、あ、ありがとうはやみ……」
俺が礼を言い終える前に、早峰は胸ポケットから取り出した身分証を高々と掲げて、店内の客に呼びかけた。
「入星管理官の早峰です! 入星管理防衛法第9条に基づき、只今からこの現場の指揮権は私にあります。みなさん、左手出入り口から速やかに避難を開始してください」
割れた窓の向こうを見ながら、早峰は腕に巻いているバンドを指先で2回叩く。
「こちら早峰。御神酒町にて宇宙船の落下を確認。どうぞ」
『こちら中本。該当の宇宙船の未登録を確認。どうぞ』
「早峰、只今より宇宙船乗組員の確保を行います」
割れた窓から外に出て、早峰は俺を振り返った。
「仕事してくる。ケーキを買って私の部屋で待っていてくれ」
艶やかな黒髪を風になびかせ、かっこよく去ろうとする早峰に、俺は慌てて尋ねる。
「待ってくれ! 待ってくれ、早峰!」
「止めるな。私は今からアースのみんなを救うため、未登録の外来宇宙船乗組員を捕まえなければ……」
「ケーキは何を買えばいいんだ? 青い屋根の老舗ケーキ屋さんか? 赤い外壁のフレンチパティシエのケーキか? ケーキの種類は? 完璧な誕生日にするんだろうがっ!!!!」
「駅前にある白い小さなケーキ屋さんのポワールなタルトを頼む」
「梨だな!! 梨のタルトなんだな!!! 季節じゃないかもしれない!!! 第二候補も頼む!!」
「ガトー……ショッコラ……ずっしりして……ほんのりとお酒の香り漂う……ビターなやつ……」
「分かった!! 買っておくから!!! がんばれ、がんばれよっ!!! 世界の平和は任せた!!!」
後ろ姿でビッ、とVサインをする早峰。
「任された」
早峰の部屋のプロジェクターで、入星管理管と宇宙人の戦闘を見ながら、早峰を待った。梨のタルトは売っていなかったのでガトーショコラを買って冷蔵庫に入れてある。
深夜も深夜、11時を回った頃、早峰は帰宅した。
「ただいま」
「お疲れ。ガトーショコラ買ってあるよ。梨はなかった、ごめんね」
「問題ない。風呂に入る……」
廊下で裸になった早峰は、脱いだ下着をポイポイ床に放った。冷蔵庫からケーキの箱を取り出しながら、早峰のブラジャーが可愛いピンク色なのを横目で確認した。
10分ほどで風呂から出てきた早峰は、ブラジャーとパンツの上にブカブカのシャツを一枚着ただけの姿で居間に入ってきた。
どかっと座布団に腰を下ろして、俺が切り分けておいたガトーショコラに直接かぶりついた(フォークをセットしておいたのに)。
「うん。うまい。うまい、うまい」
「あ、あのさ、配信が途中で見られなくなったんだけど、どうだった? 勝った?」
「いや、負けた。こてんぱんにやられた。明日、陛下が国民にスピーチするらしい。明日から、この国も宇宙人の支配下に置かれるんだと」
「えっ、えぇ……!? よりにもよって、今日負けたの……」
早峰はチョコレートでどろどろになった唇をちょっと曲げて、微笑する。
「ガトーショコラはうまいし、城島はセックスが上手い。今日が終わるまでまだ37分もある。誕生日に必要なものは、全部ある」
早峰はチョコ味(ほんのりとお酒の香り漂う……ビターなやつ)の唇で、俺にキスした。
甘ったるい早峰の舌を味わいながら、この完璧な日曜日を過ごせるのは、今日が最後なんだな、と思った。
〈おしまい〉