我が王

 ジュジュが双子の片割れ、感情の主人である〈パ〉を失ったのは七歳の時だった。〈パ〉が死ぬと、器〈キテ〉は、感情が制御出来なくなり、人間性を喪失する。それを回避するために、第二王子コール殿下は、ジュジュを自分の種器にしてくれた。
 種器とは文字通り、種の器である。王の血筋と性交渉を行い、体内にて種を保管するのが役割だ。とはいえ、当時はジュジュもコールも幼かったため、ジュジュはコールから感情を分与されて、人間性を維持していた。
 コールが十一歳の時、隣国からシイマという名のアイヴ人が訪れて、王宮に住み始めた。コールはシイマに興味津々で、シイマの伝統芸を見た日には、かつてないほどに感情が昂っていた。次の日の早朝、シイマはコールに呼び出された。
「ジュジュ、おまえを正式に種器にする」
 コールは少し胸を反らし、緊張した声でそう言った。コールの器は、隣で真っ赤になって照れている。
 ジュジュの顔も熱くなった。
「あ、あの、それはつまり」
「昨晩精通した」
「おめでとうございます、殿下」
「うん……」
 器に感情を制御させているのに、〈パ〉のコールも若干顔が赤くなっている。
 両手の指先を合わせて、もじもじしながら、ジュジュは言った。
「その、私のお役目はいつ……」
 コールは隣にいる器を見た。
「心配するな。それはまだ、相当先になる。私には自分の器がいるから」
 息をのんで、ジュジュは肩を落とす。
 器は通常生殖能力を持たないが、〈パ〉から種を貰えば、〈パ〉の子を作ることができる。コールは自分の器を持っているから、妃を複数娶るまで、ジュジュを使う必要がない。
「左様でございますか……」
「ジュジュ、おいで」
 二人のコールが、腕を広げてジュジュを呼ぶ。二人に左右から抱きしめられて、ジュジュは安心する。
「すぐにお妃を貰うから、ジュジュにも頑張って貰うよ」
 コールの肩に頬を押し付けて、ジュジュは目を閉じる。我が王。
「何なりとご命令ください、殿下」

 コールの父、キテパ国王が崩御し、第一王子であるサキリが即位した。これに伴い、弟のコールは王太子になった。コールは早速、国内の有力貴族の姫を娶った後、外国の王女とも間をおかずに結婚した。
 二人の妻を平等に扱う、とコールは決めていた。第一王太子妃の寝室を訪れた翌日には、必ずもう一人の妃のもとへ行く。体調の悪い日、都合のつかない日は、代わりに器を行かせた。この頃、ジュジュも正式に種器としてのお役目を頂戴して、時々コールの代わりにお妃の寝室へ入った。
 キテパ王家の男子は、顔を布で隠して、薄暗い寝室に行く。行為の最中には喋らない。いつからそういう慣例になったのかは不明だが、おそらく器を使うために制定されたルールだろう。ジュジュもお役目の際には顔に布をかけていた。勿論、声も出さない。
「あんた、名前なんて言うの」
 ある夜、第二王太子妃、ティマリは唐突にそう尋ねた。ジュジュはティマリに挿入した直後だった。思わず動きを止めて、布越しにティマリの顔を見る。特殊な布だから、こちらからはある程度見えても、ティマリからジュジュの顔は見えないはずだった。
「顔が見えなくても分かるよ。細いし、コール様より、若いでしょう」
 外国から来たティマリの言葉には、音楽のような訛りがある。
「……気づいたこと、コール様には、黙っていて、いただけませんか」
 声が震えた。お役目をきちんと果たせなかったら、コール様になんて思われるだろうか。見捨てられたくない。絶対に嫌だ。
 ジュジュが震えているのを見て、ティマリは心配そうに体を起こした。ジュジュの背中に手を回して、抱きしめる。
「怖がらないで。大丈夫だよ。かわいそうに……居場所がここしかないんだね。私も同じ」
 すっかり萎えてしまって、ジュジュは仕事が出来なくなった。自分にはこれしか役目がないのに。コールの器であれば、本人とそっくりだから、バレることもなかっただろう。
 無言で泣き始めたジュジュの目から、涙の粒が落ちる。ティマリは首を傾けて、布の隙間からジュジュの顔を見ようとした。
「見てもいい?」
 ジュジュがなおも黙っていると、ティマリは勝手に布を捲り上げた。
「あら、可愛い」
 ジュジュはティマリの胸を軽く突き飛ばすと、腰に布を巻きつけて、寝室を飛び出した。
 もうおしまいだ。種器としてのお役目をきちんと果たせなかった。処分されてしまうかもしれない。
 声を出さずに泣いた。王宮の冷たく硬質な石造りの廊下を駆け抜ける。
 裸足で庭園の土を踏み、奥まで進む。
 誰にも声が届かないところまで来ると、ジュジュは号泣した。
 声を限りに叫ぶ。
「ユユ! ユユ! 生き返って! どうして私を一人にしたんですか……」
 ジュジュは先先代国王の弟の家系に生まれた。〈パ〉のジュジュ、ユユがいた頃は、暖かな地方にある小さな屋敷で、地主の後継者として、のどかに暮らしていた。ユユが事故で亡くなると、預かっていたユユの感情を制御出来なくなったジュジュは、深夜に村を徘徊するようになった。村人は獣のように駆け回るジュジュに恐れを抱き、家族もジュジュを見放した。
 コールが種器として拾ってくれなければ、ジュジュは獣として銃殺されていただろう。
 コールはジュジュの命の恩人だ。身も心も捧げる覚悟がある。
 ジュジュは気が済むまで泣くと、腰に巻いていた布で涙を拭き、王宮へと踵を返した。ティマリ様に謝って、今日の分の仕事をしなければならない。
 
#槍と器

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