キテ・パ 〜王の器〜
注:一時間で書くイベント、古賀コン7 エントリー作品の続きです。
ポコルペ賞ありがとうございました。
古賀さんとコメントをくれた方への感謝を込めて、おまけを書きました。
前回のネタバレがあるから読む人は順番に読んでね。なお、今回はエントリー作品ではないので、一時間で書きません。
以下本文。
キテパ王宮の広大な土地には、忘れ去られた劇場がある。かつては国中から楽団や劇団を呼び寄せて、様々な催しが行われていたそうだ。当時の面影が残る豪奢な舞台で、つい先刻最後の見せ物があった。天才が踊り、新たなアイヴェンの王が生まれた。
観客席で倒れているキテパ国王、コールに近づき、従者は言った。
「長年の勤めに感謝する、コール」
従者は目を開けたまま死んでいるコールのまぶたにそっと指を置き、その太陽のような瞳を閉じさせた。
瞬きをして、自分とそっくりなコールの顔を、数秒眺める。それから、ぽそりとつぶやいた。
「シイマは気づいていた」
国王の従者を演じているこの人物こそ、真の国王である。シイマはキテパに来た際、王家に関する基礎教育を受けている。自分の殺した男が〈器〉であることくらい、察しがついたに違いない。
キテパの王家には不可思議な伝統があった。それが〈器〉制度、即ち、キテ・パである。王家に双子が生まれた際、二人は同じ名前を授かるが、片方が正式な王位継承者〈パ〉となり、もう片方は器〈キテ〉になる。
器は王子、あるいは王女の感情を受け入れる。王位継承者はその地位に相応しい人物になるよう、集中して勉学に励む。
即位すると、表舞台では器が国王として顔を出し、実際の政治は本物の国王が行う。器は感情のリミッターであり、同時に盾でもある。いざという時、国王に代わって死ぬ役目なのだ。
器が死んだ時、国王には制御されていた感情が戻ってくる。
「コール…………これが涙か」
従者の姿をした国王は自分の顔に指先で触れて、しっとりと濡れているのを確かめた。
「シイマはもう国境を抜ける頃だ」
ゆっくりとした足取りで外に出る。朝の光が国王の目を照らした。その目は先刻亡くなったコールと同じ、太陽の色をしている。
シイマはコールを殺したことで擬似的にポコ・ポ・ルペを達成し、アイヴェン国王となる儀式を終えた。アイヴェン王家の伝統芸ポ・コルペは王位を争って戦い、勝利した者がその権利を得るルールなのだ。シイマはサザ・ヒーウィの助力を得て即位するだろう。アイヴェンが再び独立する日は近い。
父や兄とは違い、このキテパ国王は言語も文化も異なる土地を統治したいとは思っていない。シイマが王になるなら都合が良い。ただ、その前にやらねばならないことがある。
兄である前国王、サキリの器を処分せねばならない。パのサキリは仕留めたが、キテのサキリには逃げられた。
生かしておけば厄介なことになる。前国王と同じ能力と容姿を持つのだから。特に、片割れを失って壊れた器は危険だ。〈パ〉は片割れを失えば本来持っていたはずの感情を取り戻すだけだが、器である〈キテ〉は自分の感情をほとんど持ち合わせていない。死んだ〈パ〉の感情を持ち続けていると、人間性を維持できなくなる。
国境近くの山に、魔物、あるいは怪物が出ると噂されている。当初は獣の類だと思われていたが、犠牲者の受けた傷は獣のそれではなかった。おそらく、逃げ出したサキリの器だろう。彼を殺すまで、キテパにもアイヴェンにも、安寧は訪れない。
星の明るい夜だった。コールを殺し、サザ・ヒーウィとともにキテパを出たシイマは、街道沿いにある宿で食事をしていた。キテパとアイヴェンは陸繋がりだが、食文化が違う。キテパの肉も魚も、シイマの口には合わない。王宮で出される食事はまあまあだったが、牢で出されるのは、どろどろになるまで煮込んだ魚のスープと、噛みきれないほど硬い肉、あるいは苦味のある茹野菜だった。
獣のように目をぎらつかせて、シイマは香ばしい肉を齧っている。サザ・ヒーウィは上品にパンを引きちぎり、シイマがスープの皿を口につけてぐびぐび飲み干すのを眺めた。
「王宮で教育を受けたとは思えない様だな……」
「そんなのは子どもの頃の数年で、ここ何年かは牢の中で踊ってた。その魚もらっていいか?」
サザが許可する前に、シイマは皿ごと奪っている。サザは残りの皿もシイマの前に押しやった。
「シイマ、よく噛んで食べなさい。アイヴェンの城に戻ったら、忙しくなる。まずはその、見た目と振る舞いを改善し」
「戻る前にやることがある。ココルと約束したからな」
ココル、とは従者を演じていたキテパ国王のことだ。本名かは知らないが、そう名乗っていた。
空になった大皿をどん、と机に置き、シイマは真剣な面持ちで師を見据えた。
「サキリのキテを見つけて、殺す」
サザは黙って話の続きを待っている。口の周りを布で拭い、シイマはキテパを出る前にココルから聞いた内容を説明した。
「俺はコール国王を殺したけど、ココルが本当のコール国王だ。俺がサキリのキテを殺せたら、ココルは表舞台に出て、前のコールのように振る舞える」
「サキリは強いのか」
「たぶん。キテパの王宮には剣技の大会があるけど、優勝してる」
「シイマの方が強いだろう」
「かもね。でも俺、最近は踊りしか、やってないから」
そう言いながら、シイマの目は期待したようにサザを見ている。サザは意図を察して、手を振った。
「わかった、わかったから。少しだけな」
宿から離れた森の中で、サザとシイマは槍を構える。
一の構え。
二の構え。
三の構え。
「できるじゃないか」
サザが口の端に笑みを浮かべると、シイマは得意げに答えた。
「基本の型は、毎日やってた」
「そうか」
サザの先攻がシイマの腹を掠る。足先で跳ねて、それを避ける振り向きざまに、シイマも攻撃する。
槍の穂先がサザの髪を少し切り落とした。
サザの目つきが変わり、動きがより俊敏に、鋭く、研ぎ澄まされていく……。
落ち葉の上に仰向けに倒れ、シイマは呻いた。
「強い……師匠、前より強くなってる……」
サザは冷徹に告げる。
「立て。そんな調子では殺される」
「少しだけって言ってなかった?」
「考え直した。ポコ・ポ・ルペを成し遂げたとは思えん弱さだ。マシになるまでアイヴェンの城には戻さない」
サザはシイマをしごきながら、内心ではそのポテンシャルに舌を巻いていた。牢の中でずっと踊り続けていたというのは事実だろう。別れた頃より背も伸びて、ずっと力が強くなっている。そのうちサザもシイマに勝てなくなるはずだ。
サザはシイマと出会った時のことを思い出した。
両親を流行病で失い、母親の遺言に従ってサザの元を訪れたとき、シイマは痩せこけた小さな子どもだった。
シイマは今にも折れそうな手足で、母に習った振り付けを披露した。まさしく、王家に伝わるポ・コルペの動き。その流麗な重心移動には、母であるアメミ王女の特徴が見える。
シイマは第一幕に続けて第二幕に入ろうとしたが、サザは止めた。
「もう充分だ」
「最後まで踊れます」
シイマは意地でも続きを踊ろうとしたが、サザはシイマを抱き抱えてテーブルまで連れて行った。驚くほど体重が軽かった。
「飯を食べなさい。話はそれから聞く。そのあとは好きなだけ、踊ってよい」
「本当に?」サザの言葉に、幼いシイマは潤んだ目を大きく見開いた。「俺、ここにいてもいいの」
「ああ」サザは深く頷く。「ずっと、ここにいればいい」
シイマの穂先がぴたり、とサザの喉元に吸い付くように止まった。もう、大丈夫だ。長年の監禁生活で失った勘を、シイマは取り戻した。
サザは微笑み、槍を下げる。
「行っておいで、シイマ」
シイマは満面の笑みを浮かべると、槍を地面に転がして、サザの胸に飛び込むように抱きついた。
「師匠、サキリの器を倒したら、俺はアイヴェンの王になる。ちゃんとこぎれいにするし、勉強もする。ずっと俺の踊りを見ていてほしいんだ」
「うん。見ている」
ずっと見ている。サザはシイマの黒々とした髪に指を入れて、かき混ぜた。
「死ぬなよ」
「死なないよ」
シイマはサッと体を離して、森の暗闇の中へ走っていった…………が、すぐに引き返してきて、槍を拾った。
「師匠。俺、サキリの器の居場所が分からない。ココルは、ニシヘヴァの山村あたりだって、言ってた。ニシヘヴァって、どこ?」
そういえばこの子は方向音痴だったな、とサザは思い出した。それにしても、先ほどシイマが駆け出した方向は真逆である。
「城に帰ったら、地理の勉強からだな……」
軽くため息をついて、サザは頭をかいた。
今後の古賀コンに続……くのか(?)
#槍と器