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映画「凶悪」をみた

なかなかえぐいと聞いて気になってた映画、「凶悪」をやっと観た。現実的な人間の怖さを描いた作品はすごく好きでもあり二度と観たくないとも思うから、手をつけるのに時間がかかった。


結論。

めちゃくちゃ好きなやつだった。最高だった。

観る前はえぐいシーンだけ確認しようかなと思っていたけど冒頭からそういうシーンで始まって、ピエール瀧がさっそく最悪なことしてると思ったら話をかいつまんでるような場面転換の仕方だったから、普通に内容が気になってそのまま見入っていた。
その時点で構成が上手いなと感じた。

まず監督の白石和彌はあの「死刑にいたる病」の監督でもある。あとで調べてわかったけどもの凄く納得した。この時の阿部サダヲ、本当に怖くて気持ち悪くて最高だったな。しばらく顔を見たくなくなったくらい。

「凶悪」は、"殺意"がどれだけ身近でどれだけ自然なものか気付かされる作品だったと思う。
殺意に自覚的で実際に殺している人間は分かりやすく"凶悪"で法によって裁かれるが、殺意に無自覚な人間は狂気的なまでの殺意を抱いていても"悪"とはされない。善とは何か、悪とは何かを考えさせられた。

2、3回目の須藤(ピエール瀧)との面会で、木村(リリー・フランキー)と関係のない殺人の自白を受けて藤井(山田孝之)が須藤と笑い合う場面で既に殺人という行為を受け入れているように思えた。狂い始めていたのだと思う。木村が自分の手で殺人や死体の焼却をした事で"殺す悦び"を覚えたように、藤井も調査や殺人犯との面会を経験したことで殺人を身近に感じ、気付かぬうちに殺人に魅せられていったのではないか。

ピエール瀧演じる須藤は単純かつ素直な人間に見えた。
人の嘘を見抜けず騙されやすいところや、ヤクザの仁義や暴力に染まっていることで裏切られたと見るや否や相手を殺すところ。拘留中にキリスト教にハマり、教えやボールペン習字を素直に受け入れていたのはその元来の性質ゆえだろう。
可愛がっていた舎弟を思い込みで殺しておいて線香を焚いている場面、哀れというかどうしようもないというか、どう見ても最悪な人間を妻の静江(松岡依都美)が「憎めない人」と称したのも少し納得した。

この映画において、いわゆる「純粋悪」というのは木村だけだと思った。
須藤は生粋のヤクザかつあの頭の悪さからしてロクな環境で育ってないと思われるが、木村に関しては自分の事務所を構え家庭を築き、後ろ暗い仕事とはいえある程度の社会的地位を保っている。紳士的で頭が切れるなど、家庭や学歴もそれなりだったと思われる。
そんな人間が衝動的に人を殺してしまい焦って須藤に連絡するのは分かるが、その後須藤が到着し死体を処理出来ると分かるなり安心してにこやかに死体と同乗するあたり、殺人に対する罪悪感等は無く、ただ自分の立場が危ういことに焦っていたことが窺える。
木村の過去は分からないが、これが初めての殺人だったとするとこの場面だけで木村の異常性が充分伝わる。
というかキレて絞殺までしてしまうあたり、元々暴力性を孕んだ人間ではあったと思われる。

法廷で木村が須藤と対峙した時のあの冷たい視線にはゾクっとした。画面に映る視線だけで恐怖、興奮、緊迫が入り混じった感覚が襲ってきた。
本当に素晴らしい演技だったと思う。
当時のリリー・フランキーは「そして父になる」で良い父親役をやっていたそうだけど、そんな振り幅でよく気が狂わなかったな…と感心する。そんな善人と悪人の交互浴みたいなことしたら負担がやばそう。心底凄い役者さんだと思う。
「そして父になる」にもピエール瀧が出てるらしい。「地面師たち」もそうだけど結構同じ作品に出てるんだね。

私は悪役や悪人のキャラが好きで、「凶悪」の木村孝雄は特に好きな悪役のひとりになった。
リリー・フランキーのことをあまり意識して見たことがなく、音楽系の番組で喋っているのを聞いた時はウィットに富む飄々としたかっこいいおじさんだなあ、くらいにしか思ってなかったけど、これを機に彼の出演作はチェックしていこうと思った。

あ、それと終盤の藤井と木村が面会するシーン、木村が「一番俺を殺したいと思ってるのは…」と言う流れでこういう台詞が来るかな、と予想していたら、
無言でトン、トンと面会室の仕切り越しに藤井を指さしていて、思わず「うわっ…良い…!」と声を出しそうになり、そう来たかと予想を裏切られて最高の気分になった。
そこから何も言わず木村の方から退室して、藤井の精神をかき乱していくの良すぎる。主人公の正義を揺るがしていく悪役って本当に良い。

映画「凶悪」を総括すると、性善説を真っ向から否定する作品だと思った。善悪は法で線引きされているものの、倫理はいとも容易く変化してしまう曖昧かつ儚いものだと改めて感じた。
私の考えとかなり重なる部分があって、わかる〜…としみじみ共感した。


ただの余談だけど、性善説で思い出した話。
この前ショッピングモールに行った時に寿司屋の店舗前に冷蔵庫があり、パックの寿司が並べられて「お会計は店内レジまで」と案内されていて思わず苦笑いした。店内と冷蔵庫は軽く仕切られていて、店員さんは奥の方に見えるもののこちらなど全く気にしていない。その上モールの小さい方の出入り口がすぐ側にあるのでもはや「ご自由にどうぞ」と言わんばかりと思えた。日本の文化を尊重しない外国人が増えたら絶対に出来ないな、と思った。
無人販売所が普通の国で何を今さら、と思われるかもしれないが、ふとした時に日本人のお人好しっぷりというか平和ボケっぷりに呆れたりゾッとすることがある。
長所と短所は表裏一体だなと改めて思わされた。

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