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映像ディレクションの作法(09)/ズーム考

今回は撮影に関すること。ズーム、ズーミング・ショットについて考えます。

僕は、ズームはあまり使うほうではありません。番組1本、単焦点レンズだけを使って撮る、というような事もかつてはやってました。今思うと、なぜにそんなにズームが憎かったのか、とも思いますが、ともかく今回はディレクター的ズーム論を書いて行きたいと思います。

ズームレンズを使って、画角を変えながら撮る。引きの画から寄りの画、その逆だったり。
被写体は同じだとしても、演出的には引きの画と寄りの画は当然意味が全く違います。この引きと寄りをカットを割らずに、連続的に変化させるのがズームです。

情報のレイヤーを切り替える効果
ズームイン、これは、一般的には引きの画からある要素をピックアップしてそこに連続的に注目させるという場合に使いますよね。群衆の中から一人の人物にズームインしていく、など。
それだけ考えると、情報量の多い状態から少ない状態へと遷移していくと思いがちですが、実はむしろ、情報量というよりも、情報のレイヤーを連続的に切り替えて行く、という効果だと思います。
群衆と見えていた情報から一人の人物がピックアップされることで、その人の年格好や表情といったティディールの次元へと情報のレイヤーが移り変わって行きます。
サイズ(画角)としてもそうですし、レンズ焦点距離も広角から望遠連続的に変化してくので、被写体の背景の情報量も、(ボケてくるので)どんどん減っていきます。被写体がピックアップされ強調されて、ディティールが見えてくる。ズームとは、背景との関係性の中で写っていた被写体が、しだいに独立したものになっていく効果です。

別の言い方をすると今見えている映像が語っている「内容」が、連続的に変化していきます。モーフィングするというか。

例えば、ズーム頭のロングショットが意味している内容は「群衆」。ズーム終わりが意味しているのは「この男」。いつの間にか意味が変わっているのです。そう考えるとズームはトランジションの一種とも考えられますね。

ズームアウトの場合には、この逆に情報レイヤーが推移していきます。

ライブ感をそのまま収録
例えば引きのカットから寄りのカットに行く時に、その切り替わりの時間を省略したくない場合に、ズームを使います。ズームイン(ないしアウト)しているリアルタイムな時間の流れが重要な場合。別の言い方をすれば、 ライブ感が必要な場合です。

カット変わりには必ずなんらかの時間の省略がともないますから、そこをはしょっていない、そのままの時間軸の提示をしたい。ズーム以外では、手持ちで寄っていったり、ドリーショットにするなどが考えられますが、選択肢の中で最も手軽なものがズームということになると思います。

また、ズーム=手軽、なので、表現としてはやや軽いものにならざるを得ません。逆に、軽みを出したい時にはズームが有効です。

組み立てるのか、流すのか
引きと寄り、カットを割ってつなぐ、という行為は、ある種の「組み立て」です。編集という一手間をかけて組み立てる。ところがズームは、撮影時に組み立てが済んでしまっていてあとで手を加える必要がありません。

サイズが連続的に変化するので、組み立てというよりは「流れ」が写っています。現場でズームを使うべきかどうかは、組み立てたいのか、流したいのか、と自問することでも明らかになるのでは? と思います。

緊張感の持続の効果
これまで書いて来たのは、ズームの最初とズームの終わりがカット変わりのような機能をもっている場合ですが、ズームにはこれ以外にも使い方があります。

それは、カットのサイズとしては例えば人物のBSなどで、じっくりズームインしていたりする場合です。サイズはズームの始まりと終わりはだいたい似ているので、先ほどの群衆から人物一人をズームで切り取る場合とは違って、カットの意味そのものは、カット頭とカット尻で変わるようなことはありません。

この場合のズームは、映像の意味を変えずに、カットの始まりから終わりまで、ある緊張感を持続させるような効果があります。これを上手いカメラマンがやると内容によっては効果的です。
何か動きのないものをじっくりズーム+パンしながらディティールを見せて行くなど、こういう、「撮影の語り口」の一部として使われるズームは、さっぱりした被写体を何か有機的な、強いものに変える力を発揮する場合があります。なんでもない被写体が何か、意味ありげなものに見える、もしくは文脈の中で強調され印象深くなる。

フィックスだと単に一本の柿の木なのに、そこにじっくりズームインするワークを加えると、とたんに何か意味ありげで、いわくのありそうな雰囲気が出てきます。私の思い出の柿の木、かつて首つりがあった木、明日には切られてしまうかわいそうな柿の木、伝説の柿の木……何か、思いや念を込めているようなニュアンスが生まれます。

これはおそらく、カメラマンがその間ズームレンズを制御し続けている、という緊張感に由来するのではないでしょうか。カメラの背後に人がいて操作することによって生まれる緊張感を、もっとも簡便にに出せる手法がこういう場合のズームかもしれません。

そういえば、僕がまだ十代、8ミリフィルムカメラで撮影したり編集したりに夢中だったころ、夢が突然ズームしてびっくりしたことがありました。
もう一度、ズームする夢、見てみたいですね。もうムリでしょうけれど。

#今回のまとめ
・ズームは情報量のレイヤーを連続的に切り替える
・ズームはリアルタイムをそのまま収録できる
・ズームレンズの動きが緊張感を持続させる場合がある