強写真カヌー

西和賀におけるガイドの可能性

連休が終わり、カヌーが落ち着いたと思ったら、この前の日曜日は1日5組をカヌーに乗せて案内するという忙しさ。
地元紙岩手日報にも大きく掲載され、問い合わせの連絡が多くなった。
ゲストとの対話を通して感じたことと、今後の西和賀地域におけるガイドの大切さを少しまとめてみたい。

(1)たった1ヶ月の幻想

連休中は、東京や遠方のゲストが多かったのですが、連休が明けると、近隣の市町村からのゲストが多くなりました。チラシの効果もあり、「西和賀町の温泉施設でチラシを見て申し込みました〜」という声は新鮮でとても嬉しかったです。錦秋湖の水没林はどの方も前から美しいと思っていたようで、「もっと近くで見れたらいいのにな〜」とも感じてたようでした。
普段行けないところに行くというのは、とてもワクワクすることだし、でもどうやって行けばいいかわからない。そんなところにカヌーツアーのチラシがあったので、飛びつくように申し込んだという声もいただきました。

また、西和賀はちょっとドライブするのにはちょうどいい距離で、他の季節は見てたけど、水が増えたり減ったりする光景は次に来る時の楽しみができるわけで、「いい企画をしてくれましたね」というお声もいただきました。

通年で水位の変動がある錦秋湖が満水になるのは4月下旬〜5月下旬までとたった1ヶ月しかない。この期間限定感は何にも代えがたい、貴重な地域なんだと改めて思い知らされました(そしてそれは西和賀にいっぱいある)。

あるお客さんからは「この光景を見れたからもう死んでもいい」とまで言われた。

(2)マスツーリズムよりもエコツーリズム

しかし、西和賀にいくつもある旬の光景を案内できる人がどれだけいるかと問われれば少ないのが現状です。逆に言うと、西和賀の旬を知り尽くし、ゲストに対して、求めているものを届けられるガイドというのはとても可能性があると思います。そして、これは生業になると確信できそうなところまで来ました。

求めているものを届けるというのは言うのは簡単ですが、いざやると難しいものです。そのためには、大型バスで人を何人集めて開催したというマスツーリズムではなく、少人数にきちんと価値を伝えるというエコツーリズムが西和賀に最も適している気がします。価格が多少割高になるかもしれませんが、環境に配慮し、暮らしている人たちが豊かになる仕組みとして、西和賀ではドンドン推奨すべきだと思うのです(このあたりで地元の人や行政の人と意見が食い違うことがある)。

(3)ガイドを養成するならどんどん遊ばせる

今、サラリーマンを辞め、西和賀に来たゲストを案内することがメインになってきてとても思うことですが、どれだけ遊んでいるかが、そのガイドの包容力を決めているような気がします。

晴れれば旬の草木を見に行き、雨が降れば図鑑を開いて勉強する。一見遊んでいるようですが、遊びなくしてガイドはできないものだと痛感しております。

遊ぶというのは余白を作ることとも言えるな〜なんて思ってて、何も考えない時間というのを意図的に作ることです。お金になるかならないかだけでなくて、そういう遊ぶ時間に対して若い世代の背中を押すような環境をもっと周りの大人が整えていくことが、質の高いガイドを養成することに繋がるんでないかと思うのです。

遊ぶ大人が多い町“にしわが”。

これからこういうところに次の世代は憧れるんでないかと考えました。

zen



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