月響(げっきょう)22
私達は大学通りをゆっくり歩きだす。
会話もなく思い思いに空の飛行機雲を追いかけたり古道具屋のウインドウを覗いたりしながら。
さっきからずっと、ミサキに云われたコトについて考えてる。
「遠くなるって、そんなに悪いコトかな」
たとえば、私とマー坊が恋人同士だったら引っ越すって聞いたくらいで
こんなに不安な気持ちにならないのかな。
ナリタ君が亡くなったという報せを受けて二人で泣き合い抱き合いして
以来、私達は顔を合わせてない。
もし彼女だったらこんなにほっておかれるはずもないんだし、この不安は
存在しなくなるのかな。
抱きしめられたりキスされたりするコトで、不安な気持ちっていうものは、
黒板消しを使ったみたいにサーッと消し去るコトができるのだろうか。
私とマー坊はキスしたりされたりセックスしたりされたりするように
なるのだろうか。
「ねぇミサキ、またナリタ君とキスしたいなーとかって
思う?」
おいおい、そりゃあしたいだろう。
やっぱり私はこの手の話に首を突っこまない方が良いみたいだ。
ちょっとだけ黙っていたミサキからは意外な答えが返ってきた。
「うーん。今はあんまし思わないなぁ」
そうなの?
あーミサキの気持ち、よくわかんない。
「みんなキスとかセックスとか大好きみたいに話してたけど、
ミサキはそんなコトなかったもんねぇ」
そうゆうコトにしていいのかな。
「セックスとかは全然いいんだけど、子どもが欲しかったなーとは
最近よく思うよ。残念だったなぁ。超がんばって避妊しちゃってたよ、
私達」
とミサキがんんんと伸びをしながら云う。
私は「ヒニン」とか云われてもとっさに想像つかずに返答できない。
「ナリちゃんああいう真面目人間だからさーすごいマメにしてたんだー。
一度くらい何も着けないでも良かったと思うんだけどねぇ」
「着けるってコンドームのコトかー、そっかぁ」
と間の抜けた返事しかできない私はミサキの真似をしてんんんと
伸びをする。
そろそろ大学通りに架かる歩道橋が現れる。
歩道橋を渡ったらUターンして駅方面に戻るのだ。
この歩道橋には階段がない。
らせんの勾配を上ってゆくユニバーサルデザインタイプで国立の
名物的存在だ。
花見の季節は桜並木を見物する人で橋がユサユサ揺れる。
でも今日は私達二人だけ。
ミサキが突然、うさぎみたいにピョコンッと跳ねる。
ドスンッとPUMAのスニーカーの底を打ちつけると、歩道橋は
ユサリと揺れる。
私も上に跳ねてそのまま真下にある自分の影の上に落ちる。
歩道橋がまた揺れる。
ハマりそうでヤバいなぁ、この振動。
ピョンドスユラ、ピョンドスユラ。
そしたら下から女の人が乳母車を押して来るのが見えるので、二人揃って
ユサるのをやめる。
可愛い赤ちゃんが通り過ぎてゆく。
さっきの話を思い出して、赤ちゃんを見送るミサキの横顔を見つめる。
ミサキは私の視線に気づいているのかいないのか。
「私もうお腹すいちゃった。あの赤ちゃんのほっぺ、
おいしそうだったなー」
と笑う。
「ほんとだ、もうお腹すいてるよー」
と私も笑う。
「私もうそんなにお金ないや。ミツミ、うちでお好み焼きでも作って
食べようよ」
とミサキの家に遊びに行くコトにする。
昔はよくミサキの家で遊んでたけど、ナリタ君とミサキが付き合い始めて
からは滅多に行かなくなっていたからホント久し振りだった。
ミサキは赤ちゃんのほっぺがアタマから離れないらしく
「お好み焼きには絶対おモチを入れるのだ」
とか云ってる。
「私は焼きソバがいいなー」
と云い合いながら国立駅までの道を戻る。
甘酒とお握りと赤ちゃんのほっぺとまだ咲かぬ桜の木。
ほんのりと甘く薫るものに包まれて私達は歩く。
同じ時間を同じ歩幅で。
次葉へ