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月響(げっきょう)19



翌朝、卒業式当日。


目が覚めてまずメールチェックするとマー坊からメールが入っていない。

ガクッとするも留守電に気づいてホッ。


「中野です。今忙しくて会えないけど話したいので電話下さい。」


と妙にかしこまった声。

朝の七時半から電話するのは早すぎるかなと思ったけど思い切って
掛けちゃおう。


電話に出たマー坊はやっぱり寝起きで少しダルそうだったけど、久し振りの
その声は私の大好きな世界でたったひとつの声。


「ミツミ?今日出ないの?マメちゃんも一緒?」

      「うん。ミサキの調子が悪くて。
       私はそこそこ元気なんだけど一緒に休むコトにしたよー、
       そばに居てあげたいんだ」

「そっか。夕方までウチのクラスとかテニス部とかの合同の会があるんだけど。
 まぁ飲み食いするだけなんだけどね。
 来れそうだったりしたら連絡ちょうだい」

      「わかった、ありがとー」

「あとさ、オレ引っ越すから」

      「え?」

「明後日。引っ越すから、中野に」


私の胸はなんだか熱くなって痛くなって訳わかんない。


      「なんで?大学、今の家から全然通えるじゃん。
       西武線で高田馬場まで一本じゃん」


と大きくなりそうでならない声のカタマリを必死に吐き出す。


「なんでと云われれば、中野君だから中野に住む、みたいな」

      「ふざけないでよッ」

「ふざけてないって。もう荷物運ぶだけだから。
 マジな話ですから。
 中野っていってもねー、西武線の沼袋っていう駅だから。
 わかる?新井薬師の一コ手前なんだけど」


とか意味判んないコトばっか云ってる。


      「知らないって。
       もう西武線とか云われても判んないから、こっちは!
       切るよ」

と私は電話を切るどころか携帯の電源も一気に切って壁に投げつける。

ゴンッと音がして更にゴゴンッと音がして携帯は液晶TVに跳ね返って
床のカーペットの上に落ちる。
TV壊れたかも。


      「もー何なの!」


と私は嘆く以外ない。

せっかく天気良くて最高の花見日和なのに。

私の高校生活をしめくくる最後の日なのに。

ようやく立ち直ってきた私なのに。

マー坊にずっとそばに居てもらいたいのに。

のにのに、のにしか出てこない。


そんな私の心とは裏腹に、カーテン越しに能天気な春の陽差しが
ポッ ポッ ポッ と感じられる。

少し気を取り直してパジャマを着替えて歯を磨き、顔を洗ってさっさと
玄関を飛び出す。

偶然蜂合はちあわせたピカピカシルバーに光輝く親父さんの
メルセデスのタイヤホイールに一発蹴りを御見舞する。

ヤツアタリ。

大股で歩き出す。

腕を大振りして空気にもヤツアタリ。

このまま国立までノンストップ。

そのうち少しは収まっておくれよ、私の中の春の嵐君。



次葉へ




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