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月響(げっきょう)17


  


とりあえず駅に向かって歩き出す。


       「そんな顔になってもまだ活動は続けるんですか?」

とミサキの顔をのぞき込む。

ミサキは軽く笑ってる。

「ふふ、もうやめることにした。
 ミツミ、信じないかもだけどナリちゃんが出て来て叱られたと
 思ってるんだ、私。
 なんかねースゴク大きくなってる気がするよ、ナリちゃん」

         「大きい?」

大きいとはどういう意味なのか、私には全くわからない。

「大きすぎて不覚にもしばらく気がつかなかったんだけど、
 手の平だけで私の部屋くらいあるんじゃないのかな。
 私のこのアザ、ナリちゃんのデッカイ手にはたかれたと思ってるの」



私は答えが見つからない。

私にとってのナリタ君は、ここのところ浸っていた思い出の中の
ナリタ君ばかりだったから。

しかもナニソレ?

手の平の大きさがミサキの部屋くらいっていったら体の大きさは
どうなるっちゅーの。

軽く山じゃん、ソレ。

おまけにナリタ君にはたかれたってコトは、ミサキをド突いた男は
何者なんだってコトになるじゃん!

とか思うとますますコメント不可能。

ミサキは私の横顔見上げて小さく笑ってる。

思ってるコトそのまま顔に出ちゃってるんだろう、きっと。


「私にも何でナリちゃんがそんなに大きくなっちゃったのか全然
 わかんないんだけどねー」

ミサキはまだ笑ってる。

ミサキがこんなに元気なら云うことない。

それが大きなナリタ君のお陰だろうとミサキ自身の元々の強さだろうと
とやかく云うコトじゃない。

ミサキはサーフィンしてる。

ナリタ君の死っていうでっかい波に流されるんじゃなくて、波を感じて
乗っかってどこかへ進もうとしてる。

私はなんていうか、ミサキに対して感動していた。

ひと月前より何倍も何十倍も強さを増したミサキに。

そんなコトを私が考えているとは露知らず、ミサキは話し続ける。

「モリモがさ、受験前よく云ってたよね。
 みんな、地に足着けてけよーってサ。
 最近しょっちゅう思い出してた、その言葉。
 私、受験しないし関係ないよって聞いてないつもりだったんだけど、
 毎朝聞かされてたから耳に染みついちゃって」


家庭の事情ってやつで受験をしなかったミサキの気持ちを思ったらどう
答えて良いか分からなくてとりあえずうなずく。

         「覚えてるよってか、ホント忘れられない言葉だよ」

「なんかさー、自転車もバイクも車もさ、地に足着けないで
 動かすじゃんって思って。
 だから地に足着いてないような心になっちゃうんじゃないかって
 思ったの。
 こうやって足を一歩一歩さ、コウゴに前に出して歩け歩けって
 歩いていくの、そういうコトじゃん?」

         「歩け歩け」

私も声に出して云ってみる。

「歩け歩け、歩け歩け」

二人で声を合わせて腕を振りながら駅までの坂を登る。


ミサキは卒業したらバイトしてお金を貯めてお菓子の専門学校へ
行きたいんだって話してくれたことがある。

歩け歩け、がその夢をきっと叶えるだろう。

何年かしたらミサキは、とびきりおいしいお菓子を作る美女ファイターに
なってるんだろうな。


駅につくと、これから小金井のおばあちゃんを訪ねるというミサキを
改札まで見送る。

卒業式はミサキに付き合ってサボるコトで話がまとまった。

モリモには心配かけて悪いけど、そう決めたらなんだかとっても
スッキリしてしまった。

だってやっぱりどうしたって、ナリタ君も一緒に卒業したかった。

親しい友達の姿がない卒業式は想像だけど超切ない。

ミサキは顔があんなにならなくても初めから欠席するつもりだったのかも、
と思った。


ミサキと二人、明日は国立をブラブラブラつきながら青空卒業式を
決行予定。

まだちょっと花見には早いけど、国立駅の早咲きの桜ならつぼみになって
いるかもしれない。

花見だ花見だ、晴れるといいなーと鼻歌を口ずさみながら家に帰る。

明日、ついに私の高校生活は最後の日を迎える。

四月からは大学に通う。

日を重ねるコトがナリタ君を忘れるコトじゃないんだなぁと思う。

ナリタ君を置いてけぼりにするみたいで日に日に暖かさを増してゆく空気に
息苦しくなってたけど、きっとそうじゃない。

ナリタ君も一緒に季節を渡ってゆくのだ!


カラダじゅうの細胞が大合唱していた。



次葉へ






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