小説『これが僕のやり方』――⑩覚醒のつづき
体育の時間が終わって教室に戻る。なんとなくいくつかの視線を感じる。
あまり考えてなかったけど目立ってしまった。目立ったらどうなるか。考えたことがなかった。
大村が着替えながら近づいてくる。
「おい段田! 次の体育勝負だぞ」
「ああ、うん」
僕も上を脱ぐ。
「え。てか、なんでそんなマッチョなん?」
僕は何度か超回復を経て筋肉もそれに耐えうる力をつけていた。胸板は厚くなり、腹筋は8つに割れていた。細い腕は引き締まりつつ2回りほど太くなった。
「わからん」
自分でわからんわけないだろ、と心の中でぼやいた。
「もしかして段田っておもしろいやつ?」
いつの間にか僕を中心に人の輪ができている。初めての感情が僕の胸の中を埋めていった。
一方で後悔した。学校でいろいろ実験していきたいと思っていたのに、軽率だった。これからは今まで通り過ごそう。
放課後、教材をリュックサックに入れていると夜未知が僕を呼ぶ。人気のない、階段下の倉庫前に連れて来られた。僕は壁を背に面と向かい、僕は夜未知を見上げた。
「かっこつけて調子乗んなよ」
「ご――」
ごめん、と謝ろうと思った。今まで通り過ごそうと決めたはずだ。でも今の僕はケンカしたらコイツを倒せる。圧勝するだろう。
「黙ってんじゃねぇ」
ぺちん。夜未知は僕の頬を叩いて幼稚な音をさせた。
過去の僕の選択肢には「謝る」しかなかった。でもいまは「殴る」もある。つまりは勝利。手の平に指を巻き込む。殴ることのリスクはいろいろあるが「あーもう殴りたい」と思ってしまっている。
「ナメとるだろ? なぁ!」
ぺちぺち。
たぶん、こうなると思っていた。こんな経緯で使いたくはなかったけど。
で、学校でやろうと思っていきなりできるもんなのか。家でしかやってきたことがないのに。
もちろん、そうならないための訓練をやってきた。
僕は右手で夜未知の胸ぐらを掴み、学ランの第二ボタンを千切り取る。「カチン」左手で指を鳴らす。右手の力を緩めると、金色の砂が指をなぞって滑り落ちた。
「う、うわぁー!」
夜未知はビビッて走って逃げ出した。
僕の皮膚からは汗が噴き出して心臓はバクバクだ。でも立っている。
一瞬より短く、刹那だけに集中する。体内のエネルギーがすべて放出され切る前に集中を断つ。火花のように着火して消える。
金メッキが剥がれ、表面がざらざらになったボタンだったものが手の中にあった。僕はそれを夜未知の机の上に置いて帰った。
帰宅して部屋のドアを開ける。半分開いたカーテンから夕日が差し込み、砕けたスプーンを橙に照らす。銀色の砂粒が散らかっているが、目に映るのは星のような光の粒だった。
エネルギー波まで、もう少しのはずだ。
つづく
(1話)