小説『これが僕のやり方』ーー①コンパスが刺す方へ
疲れたと思ったら、もう日付が変わっていた。
暗い部屋の隅でスタンドだけがこの世の唯一の灯りに思えてくる。一人の夜は痛いくらい感情を高ぶらせる。
僕は数学の問題に行き詰まって、シャーペンを机に置いた。
僕は中学2年生の段田太一。周りからは「ダンダ」「ダンダ君」「お前」なんて呼ばれているどこにでもいるヒエラルキー低下層の中学男子。
最近(やっぱりそういう年頃なのかな)、エネルギー波を出してみたいと思うようになったんだ。
エネルギー波とはマンガなんかでよくある手のひらから出すビームみたいなものだ。マンガではその力でモノを壊したり敵を打ちのめしたりできるのだ。
僕にとって敵とは一部の同級生、っていうのは半分冗談だけど、日本経済や社会情勢っていうのが本心で、そんな敵を倒すにはエネルギー波なんてちっとも役に立たない。
とはいっても僕は部活に入っていないし、塾の帰りとか、勉強の息抜きがてら練習を始めたんだ。
そもそもエネルギーは体の中と外に存在している。理科で習う運動エネルギーのように飛んだり跳ねたりするのにもエネルギーを使う。加えて何かを考えるのにもエネルギーを使う。これらが内エネルギー。
そして外エネルギーは、自分の体外で発生するエネルギーの総称だ。植物や動物、自分以外の人間が持っているエネルギーはすべて外エネルギーだ。それ以外にもパソコンやエアコンなどの機械にもエネルギーは宿っていて、そのものだけで動く力を持っていればエネルギーを持っていることになる。
と説明したのは、エネルギー波とはつまり、内エネルギーを外エネルギーに変換する行為なのである。
でもパンチやキックでも内エネルギーが外エネルギーとなってダメージを与えるから、より正確に定義するなら「内エネルギーを大気を媒介して外エネルギーに変換する行為」と言えよう。
これらは僕の想像、というか仮説だ。
で、どうやって勝手に略すけど内エネを外エネに変換するかだ。
マンガなんかだと手のひらから出すのが一般的で、確かに手からは出しやすそうだ。ただ、手に穴が開いているわけではないので手のどのあたりからエネルギー波が出てくるのかイメージしにくい。
というわけでコンパスの針を左の手のひらの中央に強めに刺してみた。
だめだ。痛い。僕はすぐに針を抜いた。完全に我に返る痛さだ。エネルギー波とかマジでくだらねぇと思えてくる。
手のひらには小さな赤い玉ができている。ということは、
ーー内エネルギーが外に出てきている!
「第一段階、突破ですわ」
さて、そろそろ数学を再開だ。
つづく