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私の怠惰は魔王よりも強い

休日がしんどい。
驚くほどに何にもしない自分の怠惰に失望し、疲弊する。

やらなきゃいけないことはたくさんあるのに。

一日の終わりには、あまりにも乏しすぎるその日の成果に嘆く。
「あれもこれもできなかった」
「ほんとに何もしなかったな」
「何であんなに簡単なタスクさえ取り組むことができないんだ」
その一日を何もしなかった日のまま終わらせてしまうことがなんだか受け入れ難く、眠りにつけなくなる。

「なんだか、まだ寝ちゃいけないような気がする」

そうやって布団の中で考えているその時も、まさに無気力の極み。
行動に移せない自分を勝手に客観視して、「何であいつはやるべきことをやらないんだ」なんて一人前に批評している。
そいつがその時やればいいのに。他人事にしてないで。

土日が近づくと、休日中にやらなきゃいけないことをちゃんとリストアップするように心がけたりもした。
だけどどうだろう、休日の間に消化できるものなんて、せいぜいリストの10%。
冗談じゃない。
私のToDoリスト作戦は、休日が終わる頃に大量の積み残しを可視化し、自己肯定感の低下だけを促進した。

一体、この怠け癖はどこでついたのか。


「また何もやらなかった自分」が現れる度、私の自己評価は蝕まれていく。
それをこれまでに幾度となく繰り返した。

それがもう、限界値を越え始めたのかもしれない。
私は遂にこの惰性に慣れつつある自分を自覚した。

もう、私はこういう人間なんだと。
果たしてこれは、悟りなのか、諦めなのか、呆れなのか。


まず、いつものように自己嫌悪が私を襲う。
普通なら、このままいつものように自己肯定感が底をつき、鬱蒼とした気分を抱えて次の日へとページをめくっていく。
しかし今では、こんなことで落ち込む自分が馬鹿馬鹿しく思う自分が現れるようになった。

「また同じことで落ち込んでいるの?」
「もういつものことじゃないか」
「何度も何度も同じことを繰り返して、毎回同じように傷つくなんて」

悪い免疫がつきそうだ。


もうこんなところまできたら、何をしたって仕方がないんじゃないかとさえ思える。
怠惰から脱出する方法とかではなく、自分のこの弱点を抱えてどう生きていくかを考える方がいいような気さえする。

きっともう、反省さえ意味ないんだから。
毎回毎回私は不毛な休日を過ごしては落ち込んでいるんだもの。
省みること自体はしている。
策を打っていないわけでもない。
だけど、それでも治らない病なんだ。

「改善する努力が足りてないんじゃないの?」
そう自省したこともあったけど、その努力をする行動力すらないみたいだ。


だからもう、疲れることに疲れたんだ。
この惰性はきっと永遠に倒せないよ。




またどこか異世界に時間を捨てたような休日の終わりが近づき、私はこの記事を書き始めた。

いつも私は、テーマを決め、時間をかけて下書きをじっくり書き進め、記事を書いている。
時には言葉が出て来なくなり、執筆の続きを諦めることもある。

だけど、今日は初めて勢いで記事を書いた。
数多くの下書きを横目に、新規の記事を書き始め、そのまま投稿する。

ひとつ気づいたのは、何か感情が沸き上がったときに何も考えずnoteを開くと、じっくり落ち着いて書くよりもずっとスムーズに言葉を発することができること。

だいたい週に1度くらいのペースで記事を出すことすらままならない私。
毎日noteを更新できる人のエネルギーはこんな形で出ているのだろうか、なんて空想が生まれた。

ただ、もう記事の品質なんてどうでもいい。今日はただ書き殴り。
改めて精力的にnoteを綴るクリエイターの方々に尊敬の意を抱き、私はこの記事を投稿する。

これは、休日に疲れてしまった私の、私史上最低のnote。




いつも私は何事もじっくり考えてしまう。noteだって同じ。
無駄に下書きを熟成させ、煮込んだ割に大して新奇性もない記事をたまに産み落とす。
だけど今日は、勢いだけで書いた。
普段の自分ならたぶんそんな勇気が出ない。
noteの書き手として一皮剥けた気がした。

だけど結局積みあがったタスクはいつもと同じように全く消化されていない。
n度目の怠惰な休日だ。
今日も私は布団の中で苦しみながら眠りにつく。

そうしてまた明日から、行動力に溢れた優秀な友人たちと談笑する。
いつもと同じ顔をして。

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