影霊 ガリョウの章 14
「集合場所ってここだよね。集会はどの辺りでやるの?」
嵐世の雲は、厳島上空で停滞した。
「あの立派な社殿を借りましょうか」
幽吹が島を見下ろして呟く。
雲を利用して、海に浮かぶあの紅い鳥居を囲んでやるのもいいなと思った。
「いいですわね。でも人間がわんさかといるのではなくて?」
姿を隠せるとはいえ、人間の人混みに紛れて会議をするのは無理がある。
「人間は夜、あそこには入れないのよ。丁度いいわ」
自らが指定した集合場所の情報くらいは調べていた。
「そうなんだ。じゃ、みんな集まるまでは、観光でもしとこっか」
雲を下降させる。
「山姫、来たか」
山と天の妖怪の接近を感じ取り、ぬらりと姿を現した海の妖怪。
「なんじゃ、司くんはおらんのか」
雲の乗客を確認すると、少しがっかりしたように言った。
「来て欲しかった? 私もよ」
それなりに葛藤はあったのだろうと察し、蛭子は無言で頷いた。
「集まりはどう? 問題無い?」
ここの島に集まる妖怪達は、空を飛んできたり、フェリーに乗ってくる者もいるが、多くは海尊に運んで貰っている。
よって既に到着した妖怪の殆どを蛭子が把握していた。
「今のところ順調じゃ。ただ、遅れるという知らせも幾つか届いとる」
幽吹は蛭子の報告を聞く。
「それでは、ワタクシ達はしばらく自由時間とさせて貰いますわ」
「私も〜」
一声かけてふらりと観光に出かけようとする友人達。
「待ちなさい。あんたは遅れてる連中を迎えに行ってくれない?」
嵐世の肩を掴む幽吹の手。
「ええ〜、少しくらいゆっくりさせてよ」
「……少しだけよ。集会は明日の夜にするわ。それまでにはお願い」
「りょ〜かい」
嵐世と入れ違いで、一人の妖怪が幽吹と蛭子の下にやってくる。
「あら、早かったわね」
幽吹が声をかけたのは、四候の一人、白鬼の鬼然。
「タムラマロは始末できた?」
「ああ」
証拠とばかりに一際大きな陽力の根元を見せる。自ずと眩い光を放つ鏡玉。
鬼然がこれを手にしている。それは元の持ち主から抜き取ったということを意味していた。
「確かに。お疲れ様」
幽吹が認めると、鬼然はその欠片を片手で砕く。これ以上持ち続けるメリットは無かった。
「少し可哀想だけど、武将格はちゃんと始末しとかないとね」
翌日、人間の出入りが途絶えた神社の社殿は、百鬼夜行の会議場と化していた。
神の社を妖怪達が跋扈する。
「召集をかけた各隊列の隊長、代表者達は全員集まった?」
主導者らしく社殿の最奥に座する幽吹。
「ええと……あの妖怪が来ていないようですわ。鬼女の……」
雪女達からの報告を纏める銀竹が答える。
「またあいつか……嵐世、ちゃんと伝えたんでしょうね?」
隣で雲の椅子に深々ともたれる嵐世に尋ねる。
「どうなの? 異香ちゃん」
「伝えましたよー」
嵐世の問いに答えたのは、えんらえんらの異香(イキョウ)。
えんらえんらは煙の妖怪。細かい粒子が集まって女の姿を形作っている。
異香は嵐世の妹分と言えるような妖怪であり、百鬼夜行召集の号令をかけるために嵐世に召喚され、日本各地に散っていたのだった。
「だってさ」
「仕方ないわね……ま、あいつは単隊だからいいわ」
「それ以外の代表者、召集をかけた者は集まっているようですわ」
銀竹が報告すると、幽吹は頷く。
そして一つ咳払いした。
「静粛に」
今まではニコニコと笑っていた蛭子が真剣な面持ちとなり、呟く。
すると、ガヤガヤと騒がしかった社殿が瞬く間に静まり返った。
蛭子が動けるこの会場では、決して彼に逆らってはならないと皆知っている。
右腕の海尊も笠の陰から鋭い眼光を飛ばしていた。
蛭子の顔に笑みが戻る。
「みんな、よく集まってくれたわね」
幽吹が口を開く。
百鬼夜行の集会が始まった。