影霊 九余半の章 10

今後地獄から這い上がってくると思われる旭を再び封印する、あるいは倒すには……御影の人間の陰力が不可欠という事だったが……
「旭を倒す使命は、お母さんが必ずやり遂げる。司に押し付けたりはしないわ」
母は一人で戦う気だ。
「……でも、今まで旭を倒すか封印した2人の御影、初代と六代目は……命を落としたんだよね」
「ええ……でも逆に言えば、命を懸けて挑めば倒せるって事よ。私はこれでも初代の再来と呼ばれるほどには陰力の扱いに長けてるの。大丈夫」
確かに母の陰力の技量は俺とは比べ物にはならない。
しかし……
「いや、大丈夫じゃないよ……母さんが一人で戦う必要は無いじゃないか。御影の人間は二人いるんだから」
「司がそう言ってくれるのは嬉しいけど、旭の事だけはお母さんに任せて欲しいの」
……二人で力を合わせれば、もっと簡単に旭を倒せるかもしれないのに。
「シンプルな考えだけど、一理あるわ。けれどそれは一定のリスクを含んでるのよ。村の妖怪を束ねて戦う御影が二人いては、作戦に支障が出るかもしれない。そしてもしも、月夜と司、二人共やられてしまえば、完全に希望が絶たれる」
綾乃が言う。
な、なるほど……少し安直な発言だったかもしれない。
「でも、村の妖怪を一つにして戦わなければならないという前提は、さっきやった選挙で少し崩れたんじゃないかしら?」
幽吹が疑問を呈した。
「何度も聞くけど……選挙って?」
「……月夜と司の模擬戦。実はあれは村の妖怪が票を投じる選挙だったの。月夜と司……旭と戦う際に、どちらの御影の人間に従って戦いたいですか? という」
「……投票結果は?」
「選挙は無効になったわ。途中で月夜が話し合いで決めると言ったし……模擬戦の勝敗もつかなかったから」
「選挙の詳しいルールはね……」
幽吹が教えてくれる。
投票権を持つ村の妖怪達は、俺と母の模擬戦の経過を見て、どちらの御影と共に旭と戦うか選ぶ。
そして選んだ方の御影の味方として参戦し、選ばなかった方の御影と戦う。結果として、模擬戦の勝者が、選挙の勝者になるとか。
単純な多数決では無く、御影の人間の実力や、妖怪の力量が問われる選挙らしい。
実際には選挙よりも興行的関心の方が高まり、殆ど誰も投票しなかったわけだが……
「妖怪達は結局決めあぐねたわけだし、司と月夜、二人の御影が旭と戦ってもいいんじゃないの? もちろんもしもの時は月夜、あんたが命張りなさいよ」
最後の言葉が少し余計だが、幽吹の提案には俺も同感だ。
「……悪くないかも知れないわね。幽吹、そうなればあなたも最大限協力してくれるわけでしょ?」
綾乃も心動かされたようだ。
「私は元から月夜に力を貸すつもりだったわよ……司の為にね」
幽吹……
「お前……いい奴だな」
「えっ……今更気付いたの?」
「正直に言うと」
「……そう」
幽吹は少し落ち込んだようだ。でも、俺からすれば今までこいつロクな事してこなかったし……
「月夜を主体として戦い、司がそのバックアップをする。気をつけないといけないのは、二人共まとめてやられないようにする事くらいね。どう? 月夜」
綾乃が母に尋ねる。
「……司がそうしたいと言うなら……いえ、そうしましょう。ありがとう司」
母は微笑んでくれた。
「それじゃ、早いうちにこの結果を村の妖怪に伝えないといけないわね。今ならみんな納得してくれるでしょうし」
綾乃は立ち上がり、早速動き出した。
なるほど……この村の村長という仕事、確かに責任重大で忙しい。俺は少し誤解していたようだ。
「司もこの村のために戦いたいと言うなら……ますます色々教えてあげないとね」
母も綾乃に続くように立ち上がると、俺の頭を撫でた。
「あっ、でも暫くはゆっくりしてて。疲れたでしょうから、ね。どこかに遊びに行ってもいいわよ? お母さんもこの村に久々に戻ったから、色々やらなきゃいけない事があるの」
「そう? それじゃお言葉に甘えて」
俺は幽吹を見る。
幽吹は少し驚いたように見つめ返してきたが、小さく頷いた。
「ふふ、相変わらず仲良しね」
母はそう言いながら綾乃に続いて部屋を出て行った。

#小説 #九余半の章

いいなと思ったら応援しよう!