影霊 九の章 16

黒い針に貫かれた弁慶の体からは、霊力が滲んだ。
「ふぅ……ふぅ。悪く思わないでね。これも、司くんの為なんだから……」
市は息を整えながら、この場を後にしようとした。
「早く月夜ちゃんの援護に向かわなきゃ、万が一って事を考えて……」
月夜の下に戻ろうと急ぐ。
「……おい、何が万が一なんだ?」
大きな生首を呼び止める声。
弁慶だ。
「あらぁ、まだ動けたのね? でも、もう限界でしょ? やめといた方がいいわ」
「……確かに限界だ。だが、お前の言葉は聞き捨てならん。何が万が一なんだ? 御影月夜に、司が勝つ可能性を、危惧しているのか?」
「……そうよ。月夜ちゃんはどうせ、かなり手加減して司くんの相手をしてるから、万が一にでも月夜ちゃんが負ける可能性はある」
素直に認める市。
「御影の初代の事は知らん。御影月夜の強さも知らん。だが、拙僧は司を信じているのだ。お前が御影月夜を信じているように」
「そうね。司くん……良い妖怪の仲間を手に入れたものだわ。安心した」
市が呟く。
「拙僧が司から受けた命令は、お前を倒し、司の下に戻る事! このまま諦めるわけにはいかん!」
それに加え……御影の人間に課せられた使命、それを司は知っているのか。いや、あの調子だと知っているはずがないと弁慶は思った。
ならば、自分が伝えてやらなければ。このまま知らずに負けることも、勝つことも許されはしない。
弁慶はその身に残る僅かな霊力を集めた。
「ええっ! まだ戦うの!? やめときなさいよ!」
そう忠告しつつ、髪を拳状に纏める市。油断はしない。
「……来い!」
弁慶の周りに、召喚できる武器七つ、全てが召喚された。ドスンと音を立てて一斉に地面に落ちる。
「それだけたくさんの武器、どうやって扱うって言うのよ……まさか、それ全部霊力で操作するって言うんじゃ……」
あり得ない。そんな高等な術。市はそう信じた。
「……『七武神』」
弁慶が唱えると、七つの巨大な武器は、地面から浮かび上がった。
この瞬間、市は恐怖を感じ、全ての髪を逆立て、硬化させる。
「負けるわけにはいかないの!!」
市が髪の針を弁慶に向けて、飛ばした。
七つの武器は弁慶の前に集まり、盾になろうとする……
が、弁慶の霊力が完全に尽きたのだろう。七つの武器は再び地面に落下してしまった。
市の髪の針は、無防備な弁慶目掛けて飛んでいく。
まずい。市はそう思ったが、もう止める手段が無い。
「はーい。そこまでー。市の勝ちね」
女の声と共に、髪の針は回転する鉄扇に弾き飛ばされた。
この戦いの主催者、綾乃だ。
「あっ……ごめんなさい、綾乃。アタシ……」
市は、呆然としていた。
「いいのよ。この大入道も、引き際ってものを知らないのよね。ほら、立ったまま気を失ってる」
弁慶は、完全に霊力を失ってもなお、その体は真っ直ぐ力強く地面に立っていた。
「綾乃……アタシ。どうしたらいいんだろう」
市は綾乃に訊いた。
「まだ選挙中よ。雑談は出来ないわ。自分を信じて、戦い続けなさい」
綾乃は、鉄扇をパタパタと振る。早く行け、というジェスチャーだった。

#小説 #九の章

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