影霊 九の章 25
これは、昨日の話。
翌日に模擬戦を控えたその日、俺たちは儀右衛門の蔵を訪れていた。
「おお司くん達。よく来たな。初瀬号の調整は終わったぞ。いつでも走れる」
儀右衛門はご機嫌だ。
「ねぇ儀右衛門。明日、母との模擬戦があるんだけど……」
最初は、多忙な儀右衛門にこれを頼むのは申し訳ないと思っていたが、頼むだけ頼んでみよう。
以前、困った時は何でも言ってくれ的な言葉も貰っていたし……
「模擬戦……? ああ! 綾乃から聞いているぞ! ワシも手を貸そうか!? 久々の実戦だ!」
なんとあっさり。
「ほんと? なら、お願いするよ。あと、少し聞きたい事があるんだけど……」
初瀬号の後続車両は、客車や貨物車だけでなく、寝台車両、儀右衛門の作業車両、食堂車まで、多種多様な車両が儀右衛門の手で作られていた。
そして、その中に、特に目を惹いたものがあった。
「この装甲車両って、もしかして初瀬号を戦闘用に……?」
硬い鋼鉄で覆われた車両、装甲車両まで作られていたのだ。
「これか! そうとも、実戦を想定して作った」
「……なら、初瀬号は……戦闘に巻き込まれても問題無いって事?」
少し、質問するのに躊躇った。
きっと、儀右衛門は初瀬号を愛している。戦闘に使うなんて以ての外、と怒られる恐れもあった。
いくら装甲車両を作っているとは言え、本当に止むを得ない状況に備えてのものかも知れないし。
そして、注目の儀右衛門の答えは……
「ああ! 問題無いぞ! 初瀬号は妖怪だからな! 司くん、明日の模擬戦にこの初瀬号を使おうと考えているなら、ワシもそれには大賛成だ! 村の連中をあっと言わせてやろう!」
完全に杞憂だった。
なかなか好戦的だなこの妖怪も。
「ほ、ほんと!? なら頼むよ! 母の意表を突くにはこれしか無いと思ったんだ!」
「ハッハッハ、誰もが驚くはずだぞ。初瀬号の存在は、まだ綾乃くらいしか知らないからな」
儀右衛門は大喜びで装甲車両のカスタマイズに入った。
「あっ、そうだ。いきなり初瀬号を出すのは少し無粋だからさ。模擬戦の後半で出そうと思うんだ」
「そうだな。いいせんすをしている」
「だからさ、少し離れた場所から線路を引けるようにしたいんだよね。出来るかな?」
「なるほど……少し試してみるか」