影霊 イナノメの章 20

茅葺の合掌造りの古民家が点在する雪女の隠れ里。
ひがくれ号が停車すると、白い着物を纏った雪女達が集まってきた。
「私よ。銀竹はいる?」
顔の知られた幽吹がまずひがくれ号から降りる。俺たちも後に続いた。うー、寒い。
「なーんだ、幽吹様でしたか。今お呼びしますね」
数人の雪女が、安心したような顔で応じる。
「……なんか、ピリピリしてるわね」
「だよね〜。何かあったのかな」
幽吹と嵐世が、何か違和感を感じて周囲を見渡す。
特に変わった様子は無いようだが……ひがくれ号に驚いたのでは?
しばらくすると、雪女の隠れ里のリーダー、つらら女の銀竹が飛んできた。
「幽吹に司くん!? どうしてここに!?」
俺たちがここにいることに、目を疑っているようだ。
「えっ……前の御影選挙の時、あんたに世話になったから司を連れて礼を言いにきただけよ。余計なのも付いてきたけど」
余計なのとは、逢魔と嵐世の事だろうか。
幽吹は銀竹に、御影選挙の顛末を簡潔に説明する。
「……ああ、良かった。村を追い出されたか、あるいは抜け出したのかと早とちりしてしまいましたわ」
なるほど……御影選挙の展開によっては、そんな事になっていたのかも。
銀竹はさらに続ける。
「それと……もしかしたら、例の件で援軍に来てくださったのかと思ったのですが、違ったようですわね」
例の件? 援軍?
「……何があったの?」
幽吹が真剣な表情になる。一方嵐世は相変わらず、ヘラヘラととぼけたような顔を浮かべている。
「……南部にいる、ナマハゲの部族からの情報によれば……タムラマロ率いる軍隊が北上しているとのことですわ」
ナマハゲの部族?
タムラマロ?
銀竹の口から、聞き慣れぬ単語が飛び出す。
ナマハゲの部族は何となくわかるが……タムラマロ率いる軍隊って何だ?
タムラマロと聞いて思い浮かべるのは、征夷大将軍のタムラマロくらいだが……
「ワタクシ、これから雪女の精鋭と共にタムラマロを迎え撃とうと思っていましたの。せっかくですし、加勢して頂けるとありがたいのですが……」
銀竹の目は、幽吹に向いている。
「……嵐世。あんた行ってやってくれない?」
幽吹は嵐世に投げようとした。
銀竹の頼みを断るのか?
「ええっ、幽吹ちゃん行かないの!? 幽吹ちゃんが行かないなら私もな〜、どうしよっかな〜」
「やっぱあんたはそう言うわよね……はー、ほんと役に立たない」
幽吹は頭を抱える。
「幽吹、アナタ……そうですわね。司くんの側を離れるわけにはいきませんものね」
俺の側を離れられないから、幽吹は銀竹を助けられないのか?
「ねぇ幽吹。それなら、俺も一緒に行けば良いんじゃないの?」
銀竹には俺も世話になった。なにより、それで幽吹が動けるのなら……
「それは絶対にダメ。司はここにいて」
「ええ、司くんは来るべきではありませんわ」
「あ……はい」
二人から止められる。
それほどに大変な事態なんだろうか。なら尚のこと、銀竹を援護する戦力が必要なんじゃ……
「敵は一体どこのどいつなんだよ。妖怪なんだろ?」
黙って話を聞いていた逢魔も、いい加減我慢ならないといった感じで銀竹と幽吹に尋ねる。
「それは……ええと……」
言い淀む銀竹。
まさか……タムラマロ率いる軍隊って……

#小説 #ヨアカシの巻 #イナノメの章

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