影霊 イナノメの章 12
「お茶にしましょうか」
食堂車に行っていた幽吹が湯呑みや和菓子を揃えて客車に戻ってきた。
「お、気が利くな」
「あら徒口の逢魔。あんたはお湯沸かして」
「アダグチ? まぁ俺様に任せとけ」
逢魔は押し付けられた鉄瓶に水と鎖を入れると瞬く間にお湯を沸かす。
「はい司」
「ありがとう」
幽吹はお茶を淹れた湯呑みを俺に渡してくれる。
「減らず口の逢魔。儀右衛門にも届けてくれる?」
「おう……あ? 今何て言った?」
今度は流石に馬鹿にされていると気付いた逢魔。イライラしながら機関室で操縦する儀右衛門にお茶を届けに行く。
そして逢魔は儀右衛門と共に戻ってきた。呼んで来いとは言ってないが。
「どうしたの儀右衛門」
「ワシの筆がまたどこかに消えた!」
本体である箱に塗るための筆が逃げ出してしまったらしい。またって……からかわれてるなぁ。
微笑ましく思いながらお茶を啜る。美味しい。
「……ん?」
どうしてだろう。お茶の注がれた湯呑みが1つ余っている。まぁ、別にどうでもいいけど。
「儀右衛門がどこかに行っちゃったわね。代わりに前を見に行きましょうか」
「あっ、そうだね」
筆探しですぐには戻って来ないであろう儀右衛門の代わりに、俺と幽吹はお茶と和菓子を手に先頭車両に向かった。逢魔も付いてくる。
付喪神である吉田と桐竹が線路を敷いてくれているので、そこまで心配する必要は無いだろうが、念には念を入れておこう。
すると、数分後……
「あ、どざえもんじゃない? 打ち上がってるの」
前方を眺める幽吹が呟く。
「えっ!?」
どざえもん。水死体の俗称である。事実なら警察に伝えないと。
「おっ、確かになんかいるな」
逢魔も気付く。
俺は暗くて見つけられない。
「ほら、明るくしてやるよ」
「やめてっ! 別にそこまで見たくない!」
逢魔は赤熱する鎖を飛ばし、前方を赤く照らした。
うわっ、なんか見えた! 青白い! 青白い何かが!
「ていうか、進行方向上にあるじゃん! 轢いちゃうよ!?」
「ほんとね」
幽吹はニヤニヤしている。
「何で笑ってんの!?」
「司の反応が面白くて」
「それどころじゃないでしょ!?」
どざえもん轢きかけてるのに。助けて儀右衛門。早く帰ってきて。
「大丈夫大丈夫。あれは水死体なんかじゃないわ。あれこそ座礁の蛭子よ。ふふっ」
笑いを漏らしながら言う。
「え? あれが蛭子?」
今にも轢きそうな、砂浜に打ち上がってるあれが、座礁の蛭子?
何だ、水死体じゃなかったのか……
「それはそれで不味いんじゃないの!?」
水死体だろうと、妖怪だろうと、轢いていい理由にはならない。
「吉田! 桐竹! 前の妖怪を避けて!」
線路を敷く二丁の火縄銃に呼びかける。間に合うだろうか。
「もう遅いぜ。轢いちまった」
逢魔は既に後方に視線を移していた。
「ふふっ、面白かった」
幽吹は楽しげに笑う。
蛭子に協力してもらう事が目的だったよね? 決して轢き殺す事が目的では無かった筈だ。
「な? イカれてるだろ」
逢魔が小声で同意を求めてくる。
「……うん」
反論の余地無し。
前々から変人だとは思っていたが、まさかここまでとは。
最近の幽吹は特に好き、だなんて事は言ったが……妖怪を轢いて笑う女性が好きだなんて事は言えない。
「……いやでも逢魔。お前だって楽しそうにしてたじゃん」
「ケケッ」
逢魔までニヤける。
……敵に回したら大変だぞこいつら。