影霊 イナノメの章 24
数十分後。陰術の使い過ぎで疲れ、古民家の中で休んでいる時……それは起きた。
「司さん! 起きて下さい!」
「別に寝てないけど……」
氷雨の張り詰めた声が外から聞こえる。
「大変です! すぐにあの機関車に乗って逃げて下さい!」
そう叫びながら、古民家の中に飛び込んで来る。
「えっ!? 何が起きたの!?」
「敵襲です!」
「まさかタムラマロが!?」
幽吹達が迎え討ちに行ったはずなのに……すれ違ってしまったのだろうか。
「いえ! こちらは妖怪です! とにかく急いで下さい!」
なんだ、こっちは妖怪か。という事は……やはりタムラマロは……
そんな事を考えながら、古民家から飛び出す。
里の中では、雪女達が恐怖の色を浮かべながら逃げ惑っていた。
そうか、精鋭の雪女は氷雨以外出払っているんだった……今、この里にいるのは雪女とは言っても、か弱い雪女ばかり……
「この里は大丈夫なの!?」
「司さんが最優先です! 他の雪女たちは飛んで逃げる事もできますから!」
そうだった。俺は空を飛べない。
「儀右衛門! ひがくれ号を出そう!」
「うむ! 既に準備は出来ている!」
機関室から顔を出す儀右衛門。流石だ。あとは、俺が陰力を吉田と桐竹に供給するだけ……
「いかん! 司くん! ひがくれ号は駄目だ!」
俺と氷雨が客車に乗り込んだ途端、儀右衛門がそう叫んだ。
「どうして!?」
「目の前に向かってきた!」
村を襲った妖怪が!?
「轢き倒せないの!?」
蛭子を轢いた記憶が甦る。
「それは難しそうだ! こうなったらワシが倒す!」
儀右衛門は弓を手にしてひがくれ号から飛び降りた。
「……俺たちも儀右衛門の援護をしよう!」
「……そうですね」
もう、そうする他ない。この里に残っている者達の中では、儀右衛門が一番強いはずだ。
俺と氷雨もひがくれ号から降り、ひがくれ号の前に回り込む。
そこには、儀右衛門と相対する、一体の巨大な……熊がいた。
「ヒグマ!?」
めちゃくちゃ大きいけど……野生の熊じゃないのか?
「あれは、イオマンテのアラサラウスです! この里から、更に北部に住んでるはずなんですが……」
いおまんてのあらさらうす? 何を言ってるの氷雨ちゃん。
「ニンゲンミツケタ! コロス!」
大きな熊は俺の姿を確認すると、そう叫んだ。
「いやあっ! なんか言ってる!」
すっごく怖い。ここまで明確な殺意を感じたのは初めてだ。殺すって言ってるし。
「でも、言語が通じるなら、話し合えるんじゃ……」
「ダメです! あの妖怪は、銀竹様の言う事しか聞きません! それに、極度の人間嫌いなんです!」
そうなんだ。つまり、俺がこの里にいるせいで、あの熊は襲ってきたって事?
「じゃあ、やっぱり俺を狙ってるんじゃん!」
やっべえ……
「司さん、何か……銀竹様達にこの状況を伝える手段は無いでしょうか? 銀竹様がワタシを召喚して下されば、すぐなのですが……」
召喚……召喚と言えば!
「あるよ! 頼む【一旦木綿】!」
折り畳まれた白い布が雪の上に現れる。保護色になってて見えにくいけど。
「一旦木綿! 嵐世に伝えて! 雪女の里と、俺の命が危ないって!」
一旦木綿は一つ、頷くように布を翻すと、そのままヒラヒラと宙を舞っていった。言付けは上手くいったようだが……嵐世のところにちゃんと辿り着くだろうか……風に流されてるようにしか見えないんだけど……
あれじゃあ、乗って空を飛ぶなんて事は到底無理そうだ。幽吹の言う通り、人間を窒息死させる事しか出来ないのかも……
「……あまり期待は出来ないかも」
「そのようですね。ここは、ワタシたちだけで何とかしましょう!」
氷雨は、氷で形成した槍を手にした。