影従の霊鬼夜行 九余半の章 1
綾乃に手を引かれ、俺と母は屋敷に帰った。
逢魔、八房、儀右衛門に、崎さん、市おばさん、空。そして弁慶と風尾も体を支えられながら後に続く。
あれ、幽吹は……? あいつ、また勝手にどっか行ったんじゃ。
そう思って振り返ると、幽吹は門の前で一人の妖怪に話しかけられていた。
ひらひらとした水色の着物を身に纏った、少女の姿をしたあの妖怪は確か……河童水系、河凪のところの……
「本当に凄かったです! お姉様!」
「お姉様は止めなさいよ。せめて先輩とか……」
「いいえ、これからはお姉様と呼ばせて頂きます!」
幽吹はまとわり付くその妖怪を振り払って、屋敷に入ってきた。置いて行かれた妖怪は満面の笑みで手を振って見送る。愛くるしい笑顔。屋敷の中までは追いかけて来ないようだ。よく弁えている。
「誰だっけ、今の? 知り合い?」
幽吹に訊く。
「いや、知らない」
嘘を吐くな。
「……冗談だって、そんな顔しないで。川姫よ、川姫。河凪の部下の。昔、私が彼女を河凪に紹介してあげたの」
そうそう、川姫。
河凪の部下になる前は、幽吹が面倒を看ていたというわけか。
そう言えば、幽吹の異名の一つに山姫があった。山姫と川姫……無関係とは思えない。
「姉妹じゃないの?」
お姉様って呼ばれてたし。
「姉妹では無いわよ」
妖怪の兄弟、姉妹関係はイマイチ分からない。
八房と崎さんも、姉妹とは言ってるが、同じ石から生まれたとか言ってたし……
あと、俺的に兄弟疑惑を抱いているのは、鬼玄と鬼然だ。互いに黒鬼と白鬼の異名を持つ。単なるライバルというわけでは無さそうである。
「あっ! 風尾! あんた!」
幽吹はシナツの腕の中でぐったりしている風尾を見かけると、駆け寄った。
労いの言葉か、心配する言葉でもかけるのかと思っていたら……
「あの手紙読んだわよ! ふざけた真似してくれたじゃない……!」
何故かキレていた。
手紙……確か風尾は幽吹に手紙を書いていたな。あれの内容に何か怒らせるような事が書いてあったのだろうか。
怒りの矛先を向けられた鎌鼬は何か口答えをする事もなく、ただニヤニヤしている。
「……元気になったら、殺してやるから」
風尾は二度死ぬ。