影霊 ガリョウの章 9

ひがくれ号は順調に走り続け、自らと同じ名前を冠する場所へと戻ってきた。
約一週間振りの日隠村は何だか懐かしく見える。
「休暇は楽しめた?」
儀右衛門と協力してひがくれ号を車庫に入れていると、綾乃がいつの間にか姿を現し声をかけてきた。
「楽しかったよ」
一度死にかけたけど。
「それは良かった。月夜があなたの帰りを今か今かと待ってたわよ。早く色々と教えてあげたいみたい」
「母さんは今、屋敷に?」
「ええ」
当初考えていたよりも帰りが遅くなり、心配をかけたかも知れない。
すぐ顔を見せに行く。そう伝えると綾乃は満足そうに頷き、他の者達に目を向けた。
幽吹と銀竹に標的を定めると、ゆらりと近付く。
「あら銀竹。ごきげんよう。雪女達まで引き連れて……村に戻ってきたのかしら?」
「その気が無いわけではありませんが、今回は別件ですわ」
「それは残念。いつでも戻って来なさい。ね?」
かつては銀竹率いる雪女達も、日隠村に住んでいたそうだ。だが、温暖化の影響だろうか、新たな安住の地を求めて村を去り、徐々に北上していったらしい。そして現在、北海道にある隠れ里に行き着いた。
「あんたはもう何が起こってるか理解してるでしょうけど、北海道でイナノメ軍と鉢合わせたわ」
幽吹が簡潔に報告する。
「そのようですわね。少しは私も探ってみたのだけど、狙いはそこの大熊、アラサラウスだったとか」
大人しく地面に尻を付いて座るクマを鉄扇で指す。何だ、そこまで知ってるのか。天狗忍衆の副将、夜天を始めとする諜報部隊が動いているのかも。
「私の見込みだと、アラサラウスは妖怪の中でもゲンカイに近い存在……イナノメ軍が彼の存在を掴んでいた事自体、良い予感はしませんわね」
ゲンカイ? 限界?
幽吹が続けて口を開こうとしたが、綾乃はそれを制した。
「ま、とにかく屋敷にいらっしゃい」
積もる話は、御影邸に帰ってからにしよう。

屋敷の門の前では、大きな黒い犬が待ち構えていた。
「久しぶりだな司。それと幽吹に逢魔……嵐世と銀竹もいるのか。ん? 見ない顔だな」
門を潜ろうとする者達を一通り確認する八房。
彼女曰く見ない顔のアラサラウスとは、鼻を合わせて挨拶する。穏便に済んだようで安心した。
「八房。久しぶり……かな? 一週間振りくらいだよね」
「そうだな。だが、無事に帰ってきて良かった」
確認を終えた八房は、俺の隣で歩みを合わせる。
「完全に番犬やってるのね……」
「うわ、尻尾振ってる。ここまで嬉しそうにしてる八房初めて見たよ私」
後ろで幽吹と嵐世が何か言っているが、八房は無視していた。

#小説 #ガリョウの章 #ヨアカシの巻

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