影霊 九の章 5

「はぁ、焦ったわ。逢魔が付いてくるんだもの。司にだけ話すつもりだったのに……」
村の離れにある会議用の館に、綾乃と三将、嵐世が集まった。
今回は大きな論争に発展することは無いと見込まれ、仕切りのための障子の戸は使われていない。五人の妖怪が面と向かって話し合っている。
「あの霊に聞かれたら困る事でもあったかの?」
河凪が訊く。
「あの霊は、嘘を見抜くのがどうも得意なのよ。まぁ、上手くやったわ。たぶん」
「さっき司くんに聞いたよ。模擬戦をやるって話にしたんだってね。確かに間違っては無いよねぇ」
嵐世が言った。
「……なるほど。御影を正式に引き継ぐか否かという重大な儀式をやると真っ当に伝えては、気が引けるだろうからな」
飛禄が言う。
「ワシとしては、もうしばらく月夜で良いと考えるが……」
「あら、あなたは月夜の味方をするの?」
鬼玄に綾乃が訊いた。
「いや、手は出さん。司が月夜と互角に渡り合うような事があれば、ワシの考えも改まるからな。まぁ、万が一にでもあり得んと思うが……」
「流石にそれは考えにくいかなぁ。月夜ちゃん強いし」
飛禄、河凪もゆっくりと頷いた。
「そうね……月夜は本気よ。今回の選挙の実施を求めたのは、月夜ですもの」
「月夜ちゃんは、司くんにまだ後を継いで欲しくないって事だよね?」
事情を詳しく知らない嵐世が訊く。
「月夜は、司に自由に生きて貰いたいんだと思うわ。人間として生きていく道も、含めてね」
月夜も息子である司と同様、霊感が強いという事を隠していたのは、妖怪に関わらざるを得なくなる道、初瀬村における御影の人間の使命を押し付けたくは無かったからだと、綾乃は考えた。
「……一度この村に来てしまった以上……人間として生きるのは難しくなったな」
飛禄が呟く。
「司を村に寄越す事は、月夜は反対してたの。でも、仕方ないわよね……私達妖怪としては」
「あの時、旭が現れてさえおればな……」
河凪が悔やむ。この場にいる誰もが同じ気持ちを抱く。
「だが、あの時仕留めていたとしても、司は人間としての道を歩めたのか? 幽吹が既に付きまとっていたと聞いたが」
鬼玄が疑問を抱く。
「幽吹ちゃんなら、司くんと一緒に人間として生き続ける選択だってするんじゃないかなぁ」
嵐世の発言により、一瞬場が静まりかえる。
「ほほほ、大した覚悟じゃな」
「妖怪である事を隠し続けるのか? ワシには考えられん」
「……嵐世、貴様もよくそこまで幽吹の事を」
三将はそれぞれ感想を述べた。

#小説 #九の章

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