影霊 ガリョウの章 18
「あれー……幽吹様、嵐世様。喧嘩してる場合じゃないみたいですよ」
周囲に警戒用の分身を飛ばしていた異香がいち早く事態を察知した。
談笑がピタリと止み、各々が感覚を研ぎ澄ます。
「……攻撃は仕掛けないで。一応話は聞くわ」
事態を把握した幽吹は、攻撃の構えを取る鬼然と炫彦に言い聞かせた。
「聞く価値ねえって」
「同感だ」
不満気に言いながらも引き下がる。
「幽吹様! 銀竹様! 大変です! あの妖怪が……!」
飛び込んでくる氷雨。彼女は社殿の入り口を監視していた。
「通してくれる?」
氷雨が言わんとしている事は既に分かっている。
「わ、わかりました!」
幽吹の指示を貰い、大急ぎで戻る氷雨。
そして、招かれざる客は現れた。
「招待状が届かなかったが、何かの手違いか?」
大男が一人、そう言いながらゆっくりと腰を据える。幽吹達と向かい合うように。
「そんなはずないわよ。送り主は私だし」
「……ほお、お前が主導者を続けるか。それは思いもしなかった。人間のガキにご執心だと聞いていたからな」
眉一つ動かさない大男。
「へぇ。その話、結構知られてるの?」
「そうでもない。俺が口止めしてやってるんだよ。かつての仲間の恥を他の連中に知られるのは辛い」
「別に、どんどん言いふらしてくれて良いのに」
微笑みさえ見せる幽吹。
「貴様を仲間だと思った事は一度たりとも無い」
「だよなぁ」
「同感ですわ」
不快感を顕にする鬼然、炫彦、銀竹。
「おお、山陰の子分共。元気してたか?」
久々に会った親戚の子供への挨拶を思わせる口調。
炫彦は舌打ちし、幽吹に囁く。
「おい幽吹、今の内に仕留めとこうぜ」
「……ところで、あんたの手下達はどうしたの?」
幽吹は大男との会話を続ける。
「あいつらも来てるぜ。今は表の雪女達と話してる。かわい子ちゃんばかりだからなぁ」
人質を取られていた。
銀竹の目の色が変わり、周囲の気温がぐっと下がる。
「まぁまぁ銀竹ちゃん。これでも吸って落ち着きなって」
嵐世が煙管を吹かしながら、同じものを懐から取り出して勧める。
「ワタクシ……煙草は吸いませんわ」
怒りに声を震わせながら応える。
「なら、俺が貰おうか」
「あんたにはあげな〜い」
「オレに寄越せ」
「あんたにもあげな〜い」
大男と炫彦は振られた。
「幽吹ちゃんなら良いよ。いる?」
「いらなーい」
「は〜、みんなノリ悪いよね」
嵐世は煙を深く吐き出した。
「話を戻しましょうか……私が主導者をやる以上、あんたとは組まない」
「残念だな。イナノメ軍の情報なら、いくつか持ってるんだが。山陰、お前の協力さえあれば連中を潰せるぞ」
「お断りよ」
「連中を元から絶つつもりは無いのか? ただ、凌ぎ続けるだけで良いのか?」
「なら情報だけ置いてけよ。それも立派な協力だぜ」
炫彦が言う。
「情報を手に入れる為に、俺も相応の代償を支払ったんだ。お前達だけに手柄を譲るつもりは無い」
イナノメ軍の殲滅。それだけが目的で無いのは確かだった。
「……とにかくわかっただろう。幽吹も、百鬼夜行も、貴様と手を組む義理は無い。お引き取り願おうか」
鬼然が立ち上がる。見送り役を買って出た。
「おいおいせっかちな奴だな。久々の再会だってのに。おい山陰、お前が寵愛してる御影のガキは、どんな調子なんだ?」
大男は話し続ける。
「似てるかも知れないわよ。陰術だけなら。話せるのはここまで」
「……そうか。まぁ、せいぜい大切にしてやるんだな」
大男はゆっくりと立ち上がり、出口へと向かった。不審な動きを見せないようにと鬼然が目を光らせる。
「銀竹、あんたも行っていいわよ」
「……はい」
幽吹からの許しを貰い、銀竹は大男と鬼然の後を追った。雪女達が心配で堪らなかった。
「異香ちゃん。どうだった? 何も無かったんでしょ」
「はい。会話も特になく、睨み合っていただけのようですねー」
分身が絶えず雪女達の様子を見守っていた。何か起これば異香が動き、即座に制圧した事だろう。
霊力の供給は嵐世が吐き出す煙が賄う。そのために煙管を口にしていた。
「……はぁ、ああいうのに会いたくないから、場所をいつも変えてるのに」
「主導者様は心労が絶えないね〜」
ため息をつく幽吹。それを見て楽しむ嵐世。
「幽吹様、かの者は一体……」
赭土が頭を捻る。彼は事情が掴めておらず、見ている事しか出来なかった。
「ああ、あんたはあまり知らないのね、私が話さなかったから。ごめんね」
幽吹直属の部下だった赭土。幽吹が必要無いと判断する情報までは伝えていなかった。
「いえ……」
だが、今や赭土は隊長に昇格した。話しておかなければならない。
「あいつは悪鬼、酒呑童子。力自慢の鬼を何人も従えてるわ。百鬼夜行に加わってくれたら、頼もしいと言えば頼もしいんだけど……」
「そうかぁ?」
炫彦は気に入らない様子だ。
「幽吹様をかつての仲間とでも言うかのような口振りでしたが、百鬼夜行の一員であった時期があったのでしょうか?」
「正式には無いわ。でも、百鬼夜行を創設して間もない時……あいつは百鬼夜行の旗を勝手に掲げて、イナノメ軍と戦っていた。最初は同志だからと思って見過ごしてたんだけど……」
「やり方がちょっと過激だったんだよね〜。イナノメ軍は皆殺し。普通の人間を戦いに巻き込むことだって、一切厭わない」
「嵐世様と気が合うのでは?」
「やだな〜異香ちゃん。いくら私でも非戦闘員までは無闇に殺さないって。だから私あいつ嫌い」
五十歩百歩ですよねー、とまでは異香も言わなかった。
「人間を殺すのは勝手だけど、百鬼夜行を騙ってやるのは許せなかった。だから、前回の戦いでは、何度か対立した事もあったのよね。主に鬼然と炫彦が」
「……確かに看過なりませんな。鬼然殿があれほど敵意を剥き出しにするのも分かります」
大百足の体色が毒々しい警戒色に変化していく。怒りを現す姿。
「ああ。鬼然にとっては、この問題にも関係する、少し複雑な事情があるのよね……」