影霊 イナノメの章 18

それから数分後。
嵐世が窓をバシバシ叩き始めたので、流石に締め出しを続けるわけにはいかなくなった。
「危うく凍え死ぬところだったじゃん! う〜、さむさむ」
中に入るなり、嵐世は暖を取ろうと幽吹に抱きつこうとする。
「今更来たって遅いのよ!」
幽吹は嵐世を蹴り飛ばした。ひどいことする。
「それにあんた、寒さなんてものともしないじゃない」
凍え死ぬというのは嘘か。
「いたた……そういえば、幽吹ちゃん海の上渡ってたね! 頑張ったね!」
「やっぱり見てたのね……こいつ……」
嵐世は空高く、天上からひがくれ号の動向を見下ろしていたようだ。一体いつからだろう。
「無賃乗車は許さないわよ」
海を渡りきってしまった時点で嵐世の仕事はもう無い。
「え〜……じゃあ、こういうのはどう? 私も司くんに稽古をつけてあげる」
座礁の次は、霊雲か。
「駄目に決まってるでしょ」
山陰はそれを許さない。俺も嵐世から教わるのは少し不安だけどさ……そんな嫌がらなくても。親友なんでしょ? 親友だからこそか。
「なら、召喚術は? それならいいでしょ?」
「何を召喚させるのよ」
「司くん、召喚術だけで自在に空を飛べたら嬉しいよね?」
「まぁ、そうだね」
俺には空を飛ぶ手段がない。陰術で巨大な鳥でも作り出せば何とかなるかもしれないけど、俺の体重を支えるに十分なものは今の所作り出せていない。
それに、それが出来たとしても夜限定だ。日光を浴びてしまうと陰術の持続時間は劇的に落ちる。蝋の翼の如し。
「でしょ〜? だから教えてあげる。一旦木綿の召喚術を!」
一旦木綿。とにかく長くて大きな白い布の妖怪だという事しか知らない。それに乗れば、空を飛べるのだろうか。
「はあ? あの妖怪って、人間を窒息死させる事くらいしか出来ないでしょうが」
幽吹が指摘する。何それ、一旦木綿怖い。
「昔読んだ漫画では人乗せて空飛んでたから、私の知ってる一旦木綿も出来るかな〜って」
「出来るかな〜、で司に教えないでくれる?」
「そっか〜。やれば出来ると思うんだけどな〜」
嵐世は楽しそうに笑う。
この捻くれてて、掴み所の無い妖怪……幽吹をからかう事に全身全霊を尽くしているようだ。
「盛り上がっているところ悪いが、幽吹、そろそろ雪女の里が近いのでは無いか? 道案内を頼む」
儀右衛門が客車に顔を出す。
「全然盛り上がって無いわよ」
そう言いながら、幽吹は機関室に向かった。もうすぐ到着か。
「ねぇ、一旦木綿教えてあげようか?」
幽吹がいなくなったところで、嵐世が改めて提案してきた。
「危なくない?」
自分で召喚した妖怪に殺されるのは嫌だ。
「危なくないよ。ご主人様の言うことはちゃんと聞くし」
……嵐世の言うことは、どことなく怪しい。
「逢魔、嘘チェック」
「嘘はついてないみたいだぜ」
少し安心した。
「なら、どうして俺にその召喚術を教えてくれようとしてるの?」
「だって、タダ乗りって言われるのは嫌だしね〜」
そっか。それは嫌なんだ。

#小説 #ヨアカシの巻 #イナノメの章

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