影霊 イナノメの章 16

その後、俺たちは無事に北海道の大地への上陸を果たした。
「はぁ……やっと陸に上がれたわ」
「大丈夫?」
「ええ……」
一番疲れていたのは幽吹だ。本当に海は苦手らしい。
「儀右衛門。少し止めてくれる? 蛭子とはここでお別れになっちゃうし」
「あいわかった」
儀右衛門に頼み、ひがくれ号を砂浜に止めてもらう。陰術は外で披露しよう。
「うわっ、寒い」
ひがくれ号から降りると、寒さが身に染みる。
北海道だし、深夜だし……
「俺様の出番だな」
逢魔は赤熱した鎖を飛ばしてくれた。辺りが明るくなり、暖かい。
「それじゃ、ご覧下さい」
「うん。見せておくれ」
蛭子は砂浜に腰を下ろして鑑賞するようだ。
俺のツキヒの武器、刀の叢影を抜き、集中する。
ちょうど逢魔の鎖も飛んでるし、まずはあれから……
小鳥がモデルの『墨連雀』と、それに逢魔の力を借りて炎を灯した『紅蓮雀』
続いて、鱗を持つ獣がモデルの『穿山甲』に、大型魚類がモデルの『鬼叺』
最後に、蛾がモデルの『透刄』と小さな羽虫がモデルの『影牢』を発動してみせた。
「ま、こんな感じかな」
俺が今まで実戦で使用した術は以上だ。
「ふむ……とても美しく、見ていて楽しかった」
それは良かった。
「しかし……あれじゃな。全体的に、威力が足りんようじゃな」
「確かに」
威力を重視した攻撃は、逢魔や幽吹達に任せっきりになっていた。
「それじゃ……こんなのはどうかな」
一つ、初期の候補にあった術がある。没にしてたんだけどね。
陰力の扱いがマシになった今なら、いくらか使えるかもしれない。
「『大猩々』!」
大型の霊長類をモデルにした術。太い両腕のパワーは相当なものだ。多分、鬼にも張り合える。ただ、動きが重鈍で消費も重いため、没にしたのだ。
「ほお、面白い。その術を主体に、実戦を想定して動いてみてくれんか? 逢魔くん。相手を頼む」
何か、俺にアドバイスをしようとしてくれているんだろう。蛭子の見る目は真剣だ。
「おう! 本気でいくぜ!」
逢魔は嬉々として大猩々に立ち向かう。
大猩々の巨大な拳を振るうと、逢魔も同様に鎖を巻いた拳を放ってきた。力勝負を挑むか。
真正面からぶつかり合う拳……
「うおっ、やるな!」
逢魔の片手が吹き飛ばされる。勝ったのは大猩々の拳だった。やはりパワーだけなら一級品だ。
問題は……
「逢魔くん。速さで翻弄するんじゃ」
そう、速さ。
「いくぜ司!」
蛭子の指示通り、逢魔は宙を飛び回り、大猩々の背中を狙い始めた。
「くっ……」
大猩々の動きは逢魔に追いつかない……両腕を闇雲に振り回しても、陰力を消費するばかりだ。
逢魔の鎖と拳にボコボコにされる大猩々。
「よし、もう良い。問題が分かった」
蛭子が止める。
「お、もう良いのか?」
まだ暴れ足りない逢魔。
「うん。ご苦労じゃった……司くん。儂の言わんとしてる事は、もう自分で分かっておるかな?」
問題点なら、最初から分かりきってるけど……
「大猩々の動きの遅さと、消費の重さ」
「その通りじゃ。しかし……さらに致命的な弱点がある」
「えっ?」
何だろう。
「それはな……司くん。君自身があまりに無防備である事じゃ。今の術の操作で手一杯では無かったかな?」
「あっ……」
確かにそれは致命的だ。
蛭子は、大猩々に集中して逢魔と戦えとは言っていない。実戦を想定しろ、そう言ったのだった。
「山姫、逢魔くん。君たちは司くんの身を守る事こそ、自らの役割だと思っておるな? それも間違いでは無いが……だからこそ、今までこういった欠点を指摘してこなかったのでは無いか?」
蛭子の言葉は幽吹と逢魔にも向かった。
「……流石ね蛭子」
「おお……考えもしなかったぜ……」
返す言葉も無いといった感じ。
だが、幽吹にも、逢魔にも、責任は無い。自分の身は、自分で守らなければならない。
いや……幽吹に関しては、俺のピンチや慌てる様子を見て楽しんでいる節があるので、多少の説教はやむなしか。

#小説 #ヨアカシの巻 #イナノメの章

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