影霊 ガリョウの章 7

天逆毎の嵐世は、面倒くさがり屋。捻くれ者。快楽主義者。と、強い印象だけ並べると正直どうしようもない妖怪である。
しかし、その嵐世に組織の中で重要な指揮、連絡といった機能を任せると幽吹は言った。
「信頼してるんだね、嵐世のこと」
「ええ、普段は振り回されてるけどね。あの子は、自分にしか出来ない仕事はちゃんとやってくれるの」
ただ、幽吹の代わりに銀竹を助ける事を渋ったり、蛭子の代わりにひがくれ号の進む道を切り開く事をしなかったように、他人の代わりに働く事はしないらしい。幽吹が嵐世に対して言う「役立たず」とはこの部分だ。
「今、嵐世が空から周囲を警戒してくれているのは、代わりにやれる人がいないからか」
「そうね。銀竹は雪女の子達やアラサラウスから目を離せないし」
「それに……嵐世が働いてくれるのは幽吹の指示だからだよね。俺や逢魔が言ったって嵐世は動いてくれないよ」
嵐世はきっと、幽吹の指示にしか応えない。
「それなりに長い付き合いだからね。でも……そう言ってあの子と向き合う事を諦めないで」
「……?」
「嵐世は、あの子は決して他人の事が嫌いで捻くれてるわけじゃないの。むしろ逆、気に入った人間や妖怪にこそ、捻くれた態度を取っちゃう」
「ああ、確かに……」
幽吹や銀竹が良い例だ。友人だからといって素直になっているわけではない。
「あの子と付き合うコツは、決して見放さないことよ。腹が立つことは山ほどあるだろうけど、見捨てないであげて。あの子が一度村からいなくなったのは、味方がいなくなったから」
全てを受け入れる器量を持て、儀右衛門から教わった言葉を思い出した。
「なるほど……やってみるよ」
「大変だとは思うけど、頑張って。あの子も司の事は気に入ってるみたいだから。仲良くしてあげて欲しいの」
……危ないところだったかも知れない。嵐世はどうしようもない奴だと、俺は無意識の内に距離を取ろうとしていた。
「腹が立ったときには、どうしたら良いのかな」
「我慢しないで怒っていいわ。あの子はそれくらいじゃ堪えないから。怒らせる事を楽しんでるんだもの。怒れば怒るほどあの子は司の事が好きになる」
「捻くれてるなぁ……」
「愛に飢えてるのよ」
「逆に、怒れなかったら? 呆れ果てちゃったりして」
考えてみれば、俺って怒るのが苦手かも知れない。そういった経験に乏しい。
「それはそれでいいわよ。軽くあしらってあげて。肝心なのは、ただ見放さない事」
幽吹が百鬼夜行の主導者たる所以が、改めてよく分かった。ただ妖怪として強いだけじゃない。癖が強かったり、問題ばかり引き起こす妖怪達の心を掴むコツを良く知っている。
そして、癖の強い妖怪達の中でも特に厄介な妖怪が嵐世なんだろう。その嵐世からの信頼を得てるからこそ、幽吹は主導者として皆に認められている。そんな気がする。
「私が昔、人間の世界で司を守っていた時……百鬼夜行の仲間達が手を貸してくれたわ。銀竹、鬼然、炫彦……そして、身動きの取れない私の代わりに日本各地の情報を集めてくれていたのが、嵐世なの。だから、せめてあの子の事は嫌いにならないで欲しい」
長い抱擁を終えて、逢魔の手助けに向かおうとしたところで幽吹は教えてくれた。
嵐世は俺の恩人だったのか。
そして、それは嵐世に限らない……

#小説 #ヨアカシの巻 #ガリョウの章

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