影霊 九の章 20
「八房! お前もしかして、幽吹を連れ戻してくれたの!?」
「ああ。探すのに手間取った。遅れてすまない」
一度俺に相談してくれていたら、風尾が掴んでいた情報を共有できたかも知れないのに……不器用なイヌだ。
「で……幽吹、お前は今まで何してたの?」
「……銀竹の手伝いに忙しくて」
「おい、嘘を吐くなよ」
八房が幽吹を睨んだ。
どうして嘘吐くの。
「司、番犬を二匹も飼ってたのね」
母が言うと、崎さんがクスクスと笑う。
八房と幽吹を挑発してるのだろうか。
「司……これ今、どういう戦況なの? 他の連中は?」
幽吹は母の台詞を無視し、俺に訊いてきた。
「風尾は崎さんに、弁慶は市おばさんにやられた。逢魔は風尾と一緒に戦ってたけど、途中でどっか行った。あとは……」
母と約束した、勝利条件と敗北条件を説明する。あと8回矢を受けたら負ける事、今俺は身動きが取れない事も。
「……絶体絶命だったってわけね。私もゆっくり観戦したかったわ」
意地悪い笑みを浮かべる幽吹。
「ここからはこの八房も戦おう。司、お前が望むならな」
八房が振り返って目を向ける。
「ああ、頼むよ。いいでしょ? 母さん」
一応母に確認しておく。
綾乃が止めに入らないので、模擬戦のルール上問題無い筈だけど。
「当然よ。そういう戦いだもの」
そういう戦い……?
「陰力だけじゃないわ。御影の人間に備わった能力、影響力、霊力、全てをお母さんに見せて欲しいの」
なるほど、全力が見たいという事か。
「幽吹、行くぞ」
八房がそう言って黒い雷を散らす。
だが、幽吹は……
「……くっ」
体勢を崩し、地面に膝を付いてしまった。
「どうしたの!?」
怪我でもしているのだろうか。外見上そうは見えないが。
「なるほど。八房の雷に乗ってここまで来たせいで、霊力を失ったってわけ」
母が推測する。
「そうなの!?」
妖怪や霊の力の根源、霊力。それを失ってるなら、幽吹はもう戦えない。
「……まぁ、そんなところね」
幽吹は膝を落としたまま答えた。
「何しに来たのかしら。戦えないなら引っ込んでなさい。司の邪魔をしないで」
母の言葉は厳しい。
幽吹の事が気に入らないのか……?
「チッ……言ってくれるじゃない」
幽吹は舌打ちをしてゆっくりと立ち上がった。だが、彼女の足は小刻みに震えている。立つのもやっとか。
「その産まれたての小鹿のような足で戦うの? 足手まといよ」
母はそう言いながら弓張月を引いた。幽吹を仕留める気か。
「そうはさせない! 『塗……」
「やめて司。大丈夫だから」
俺が本日最後の塗壁を召喚しようとしたところで、幽吹が制止した。
いや、でもお前大丈夫じゃないじゃん……