影霊 九余半の章 2
風尾を抱えるシナツに頭を下げ、小さな白い鎌鼬の様子を伺う。
「大丈夫?」
「司、ずっと見てたよ。良かったね、お母さんと話し合うことができるみたいで。やっぱりそういうところは、とても幽吹に適わないなぁ……」
風尾はゆっくりと喋った。声量もいつもより小さい。
「いや、お前も頑張ってくれた。崎さんもびっくりしてたし」
最後に一太刀浴びせたとか。
「うん。あれのせいでぼく少し疲れちゃった……もうしばらく寝るね……」
風尾は目を閉じてすやすやと眠り始めた。
「えっと、シナツさんですよね。風尾の事、ありがとうございます」
よく分からんが、この女性の姿に変化した鎌鼬が風尾の面倒を看てくれた事は違いない。
「いえ、私こそ御礼を言わなければなりません。いつも風尾がお世話になっています」
穏やかな口調のシナツ。
んん? まるで風尾の親類のような台詞だが……
「……もしかして風尾のお母さんか、お姉さんとか?」
「ふふ、そう見えました? 嬉しい。私、これでも鎌鼬の始祖なんです。なので、司くんの言ったこともあながち間違いではないかもしれませんね」
鎌鼬の始祖……確かに伝説の鎌鼬だ。となれば、相当長く生きている。
そして風尾を優しく抱える理由も分かった。シナツにとっては、この世にいる鎌鼬全てが子供のようなものなんだ。
「庭にいる大男、水臣にも声をかけてあげて下さいね。あの人も司くんと話したがっていましたから」
「はい」
元よりそのつもりだった。
屋敷の庭には、縁側で休む弁慶と共に、大男の水臣がいる。
まずは弁慶の様子を伺おう。
「弁慶、お疲れ」
弁慶は、風尾と比べるとまだ余裕があるように見えた。回復が早いのだろうか。
「ああ。すまなかったな……あの大首を倒すことはできなかった」
そんなことはないと否定したり、慰めたりするのは逆効果だろうか……だが、他に何て言えばいいのか。
「大首と戦っている時、御影の人間に課せられた使命を知った。大首を倒し、それを司に伝える事が、あの時の拙僧の役割だと思ったのだ」
返答する言葉に頭を悩ませていると、弁慶が続けてくれた。
「使命?」
「ああ。だがそれも、司の母上から教えて貰えるそうじゃないか。良かった。あの時伝えられないまま、勝敗が決してしまえば、拙僧は死んでも死に切れぬ」
弁慶が言うと、説得力がある。
本当に一度死んで、大入道として生まれ変わったとしても。
最初から妖怪だったとしても。
あっでも、同名なだけの赤の他人の可能性も残ってるか……とてもそうは思えないけど。
「そして、まさに今後悔している事、それは純粋な実力不足だ。鍛錬が足りない」
「そこで、このワシの出番というわけだな」
ずいと割り込んで来たのは、大入道の弁慶よりもさらに背丈が大きく、体格の良い大男……水臣だ。
俺と弁慶の会話が長くなったので、我慢が出来なかったのかもしれない。
「水臣さんだよね」
「水臣でいい。御影司、先ほどの戦い、実に愉快だった!」
「ああ、どうも」
愉快、というのが何とも……ちょっと馬鹿にされてる感。
「ワシの名は八雲水臣。大人(オオヒト)……いわゆる巨人だ。本来はもっとでかい。今は少し縮めているからな」
へぇ……更に大きいんだ。まさしく巨人。
「綾乃とは古い付き合いになる。この村のためなら力を惜しまないつもりだ。そこで、ワシは今、この大入道を鍛えてやろうと考えている。どうだ? 司」
どうだ? って俺に聞かれても……
「弁慶が望むなら、これ以上無い話なんじゃないの?」
「そうか! なら良い! 大入道はこのワシに任せろ!」
水臣は満足気に頷いた。