影霊 イナノメの章 7

俺は食事を終えると、力を回復させるため、寝台車で日没まで一眠りする事にした。
「あら司、寝るの?」
寝台車に移ろうとしたところで幽吹に捕まる。
「うん。夜に走るんでしょ? 陰力を回復させないとだし、走行中に寝るわけにはいかないし」
睡眠中、陰力の供給が途絶えるかどうかは知らないけど……いずれにしたって危ないよね。冒険するところじゃない。
「……そうね。でも、そこまで気負わなくていいわよ」
……最近の幽吹は妙に優しい。人間の世界では、ここまで優しく無かった。剣道ではいつも滅多打ちにあっていた。防具があっても痛いんだよあれ。
「ねぇ幽吹さん……どうしたの? 御影選挙以降、何だか優しいけど」
「私が優しいのが嫌なの? なら厳しくあたってあげるけど」
そういうわけじゃない。
「冗談よ。今は休暇中でしょ? なら、たまには優しくしてあげようかなと思って。違和感あるって言うなら少し考えるけど」
「いや、優しい方がいいです。いつも優しくあって下さい」
「でしょう? でも、そう言われると、やっぱり厳しくしたくなるわね」
腕を組んでにやける。意地が悪いのは変わらない。
「おやすみなさい。時間がきたら起こしてあげるわ」
「お願いするよ」
俺は寝台車のベッドに横になり、眠りに就いた。
ちなみにこの時、儀右衛門は作業車両で小さなカラクリ人形の製作に取り組んでおり、逢魔はその手伝いをしていたらしい。
逢魔は自在に熱を操れるので、そういった工作にも役立つようだ。空を飛べれば、熱も操れる。その上料理も得意となりつつある。器用過ぎるだろあいつ。少し頭が悪い事くらいしか馬鹿に出来る点がない。俺も他人を笑える程賢いわけじゃないけど。

その後、四時間ほど眠っただろうか、俺は約束通り幽吹に起こされた。うん。確かに幽吹に起こされたのだが……俺が思ってた起こし方じゃなかったし、実に目覚めも悪かった。
どういう事かと説明すると……
「……?」
何となく違和感を感じて俺は目を覚ます。
俺の瞳に最初に映ったものは、これまた大きな瞳、長い睫毛……目だ。つまり……顔が俺の目の前にある。
「……?」
寝起きの頭は働いてくれない。何で俺の顔の隣に誰かの顔が? 誰の顔だ?
「……っ!?」
……目が開いてるって事は、俺の寝顔をずっと見てたって事? 怖くなってきた。俺は何か悪い夢の中にいるんじゃなかろうか。
「……あら、起こしちゃった? おはよう」
状況が理解出来ず、うかつに身動きが取れない中、すぐ側で発せられたのは、幽吹の声だった。
「……幽吹さん? ちょっと、本気でびっくりしたんだけど」
なんだ、幽吹が俺の隣で横になっていただけか。安心した。たちの悪いオバケじゃなかった。いや、オバケの仲間みたいなもんだけどさ……
「うーん、イマイチな反応ね。喜んでくれるかと思ったのに」
ご期待に添えず申し訳ない。
いや、でもこんなのマジでびっくりするって。
「喜ばせたいなら……今のはお前も安らかに寝息を立てておくところじゃないの? 何で目開けてんだよ、これじゃただのホラーだよ」
「え、でもそれじゃ司の顔が見れないじゃない」
「起こす事だけが目的じゃ無かったんだね。見たいなら、せめてもう少し離れろよ。この至近距離は相手を起こした時、トキメキなんかよりも恐怖を与えるからな」
俺の心臓を痛めつける事が目的だったならば、高評価を与えたところだった。
「なるほど……参考になるわ。次に期待してて」
次同じような事をしたら叩いてしまうかもしれない。

#小説 #ヨアカシの巻 #イナノメの章

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